くろねこの涙

レーシック難民になってからの記録

2024年6月22日 (土) 東京開催交流会のお知らせ @ Level 3.5

東京にて交流会のお知らせ

レーシックやラゼック、RK、眼内レンズなどの視力矯正手術後に、何らかの後遺症や合併症を発症してしまった方や、その家族やご友人などを対象とした交流会を、

2024年6月22日 (土) に開催する予定です。

参加希望の方は、下記のフォームから参加申し込みをお願いいたします。

レーシック集団訴訟などを初期の段階からサポートしてくださった、衆議院議員 みたに英弘 先生も顔をだしてくださいます。

 

参加申込みの締切は6月9日 (日) とさせていただきます。

jp.surveymonkey.com

↑の申込みが上手く動作しない場合は、くろねこまでご連絡ください...涙

 

交流会の詳細:
日時:2024年6月22日 (土)
時間:12:10頃から開催予定
場所:人数と、皆様の希望地を鑑みてこれから考えます
参加費 : 3000円程度を上限に考えています
※注意 :
レストランで開催するか、それともレンタルスペースで実施するかで参加費用が若干変化します。

二次会:
日時:2024年6月22日 (土)
時間:17:30辺りからを予定
参加費 : 各自食費は割り勘となります

お願い :
二次会は17:30以降、居酒屋での開催を予定しています。二次会に参加希望 (あるいは二次会だけの参加)の場合は、人数の把握のために申し込みアンケートの質問の所で答えてくださいね。

参加申込の締め切り:
2024年6月9日まで

問い合わせ先 :
くろねこ
kuroneko049@gmail.com

 

参加申し込みの質問ですが、若干面倒くさい質問があります。変な人が紛れ込んでくるのを防ぐためなので、ご了承くださいませ。

久しぶりの対面での交流会、皆様にお会いできるのを楽しみにしています。夏頃には?遠隔地の方向けに、Zoomでの交流会も予定していますのでお楽しみに。

 

痛みは大切なシグナル - 火傷をしたらすぐに直ちに病院へ

実はこのブログを書いている今、両手に大火傷をおっている。なぜ指が動かないのに文字がタイプできるのかと言うと、文明の力、音声入力のサポートだ。

 

呪われているんじゃないかと首をかしげるほど、2024年はトラブルが続いている。年始から能登半島地震。次の日に発生した羽田空港地上衝突事故で、帰省していたフィリピンから日本に戻れなくなる。

 

1月末には、私の不注意により、人生のコンパニオンだったウロコインコ、ムーンボウをロスト (逃げてしまうこと)させてしまう。毎日毎日、チラシをポスティングし、新聞折込広告での告知をかなり広範囲に実施。今でも目撃情報は途絶えることがなく、捜索活動のなかで、近所のたくさんの方々の優しさに支えられた。

 

そして、ーここでは詳しく書けないがー 更に私の人生をどん底に突き落とす事件。 

Human lie and deceive (人間は嘘をつき、欺く)

いつでも私の傍に居続けたムーンボウを思いながら。ああ、もう人類なんて滅んでいいと荒んだ心で仕事だけには集中した。

 

そしてこれだもの。

自分の不注意で、高温の油を自分自身の両手にぶちまけてしまう。終電間近の時間だったので、手を洗っただけで冷やしもせずに帰宅。自宅で手を確認しても、赤くなっているだけだったので、そのまま寝てしまった。

次の日、手を見ると結構エグい感じになってはいたが、痛みは全くない。しかし、パソコンのキーボードを打っていてもマウスを操作しても、両手から血が混じった変な臭いがする液体がだらだら流れて、仕事にならない。

近くのドラッグストアへ、大型のバンドエイドを購入しに行く。薬剤師の方に、良い塗り薬がないか聞こうと声をかけたところ、

「これは、まず救急病院へ直ちに行ってください。目の前のOT病院は緊急外来があるはずなので、この番号へ連絡してください。」

OT病院へ連絡すると、GW中のかつ日曜日ということで、専門の先生がいないとのこと。そのため、

03−3212−2323

(東京消防庁緊急相談センター) へつなげていただく。

 

センターの方は親切で、自宅から近い順に、即座に火傷の処置が可能な病院をリストアップしてくださった。しかし、「火傷」というと「熱傷外来」という、聞いたこともない特殊な領域らしく?上から順に電話をかけても、断られてしまう。

リストの5番目にしてやっと「今からすぐに来てください」という病院が見つかる。タクシーに飛び乗って、どこにある何の病院かも分からぬ見知らぬ場所へ。

裏口の緊急外来から名前を告げると、すぐに処置室へまわされた。

先生は傷口を見て、

「あ、場所が悪いですね。熱傷外来があるこの病院へ来て正解でしたよ。最悪、右手の中指は状態が悪いので、指をぎゅっと曲げたりできなくなるかもしれないなぁ。精密検査が必要ですね。」

「・・・パソコンの仕事なんですが。」

「それは、ますます困りますよね。今日は応急処置をしますので、連休明けの火曜日に朝イチで精密検査をしますね。」

「・・・あぁ、朝に会議がはいっているんですが。」

「え、くろねこさん、何を言っているんですか?仕事なんかより指でしょう?11時に来てください。」

指の処置の方法、薬の塗り方や包帯の巻き方を習う。感染をふせぐために、素手では絶対に土や不潔なものを触らないよう注意を受けた。

形成初診への予約をもらい、後は会計待ちというとき。

 

突然、家族から電話が入った。

院内なので、「後で折り返すね」と電話をいったん切ったが、嫌な予感しかしなかった。案の定、家族の若いひとりが交通事故を起こし、それなりのダメージがあるとのこと。

それからは、自分の手の事よりも、家族の事故に関して今後のアドバイスをしたり、パニックになっている別の家族と話をしたり。

で、今ここ、である。

 

私が手に火傷を負っているとき、彼は車で信号をなぎ倒して壁に激突した。

とりあえず今は無事が確認できて心底ほっとしているが、よりによってなぜ同じ日に?

血はつながっていないが、やはり家族なのかもしれない。

 

火傷は痛みがないほど、重症らしい。

彼は知ってか知らぬか彼の心の痛みを紛らわせるために、朝の4時に車ですべてをなぎ倒して、壁に激突したのだろう。

痛みを無かったことにすることは、できないのだ。

痛みがない時、それはもう取り返しのつかないところ、Point of No Return

50歳になって思うこと @ Level 3.0

2023年、私は50歳になった。

女性シングル子供無しで50歳、というのは別にレーシック難民ではなくても、実に身体も心もキツいというのを自分が体験してから初めて知った。単なる数字なのに49歳のときの若干の余裕が、50歳になった途端に、社会からも自分自身からも追い詰められた。デッドエンドな未来へ一気に変換される。

レーシック難民になって、それこそ「まさか」50歳を迎えるとは思ってもいなかった。

私の産みの母は50歳を過ぎた頃から体調を崩し、それこそ「まさか」の癌の闘病を10年以上も続け、最後は骸骨のようにやせ細り、血を吐きながらモルヒネを点滴し、病院で亡くなった。不摂生の塊の私はもっと早死するんだろうなと勝手に思っていた。

だから癌保険だけはアホみたいにたくさん入った。

何故か失明保険というのにも入った。

...しかし、まだ生きている。眼は痛いが、失明もしていない。

 

レーシック難民ほぼ13年目、50歳になって

  • 私の場合は特殊だったかもしれないが、新型コロナウイルスに感染して、視力が急激に落ちた。右・左ともに現在では -2.25D 辺り。
  • 不思議なことに、近視化することによって、プリズム眼鏡は必要がなくなった。今ではプリズムレンズを使用すると、逆に吐きそうになる。
  • 近視化したおかげで、裸眼が楽なことが増えた。小さなラップトップのモニターを見るとき、スマホを見るとき、本を読むとき、今では裸眼だ。
  • 同時に老眼も進んでいることから、矯正用の眼鏡は -1.00D 辺にしている。ちょうど腕をぴっちり伸ばした辺に置いてあるPCモニターが、一番見えやすい眼鏡。だけど、知らない場所ではガッチリ迷う。見えない。
  • パンデミックのおかげで?在宅勤務が増えたので、家で仕事ができるのは本当にありがたい。オフィスの明るすぎる照明や、モニターの無い状況で、小さなラップトップの画面ひとつで仕事をする場面が少なくなった。
  • 自宅には2つのモニターを用意し、両方ともにペーパーモードがあるEIZOの中古モニター (一個は中古品) 。照明は最小限の間接照明。夜のZoom会議のときだけ、女優ライトとやらで自分の顔を照らしている。
  • 遠近両用コンタクトレンズに慣れ、自転車で移動できるくらいには成長した。まだ車の運転は怖い。当たり前だが、自転車では雨の日は外出しない。

パソコン作業が無い時のみ、こちらのコンタクトレンズを愛用している:

alcon-contact.jp

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アルコン マルチフォーカル

DAILIES
AquaConfort PLUS
One-Day Contact Lenses (ワンデイ)

 

私の場合は、

 - PWR -2.00 LO
 - MAX ADD +1.25

 

  • 眼の表面の痛み、奥の痛みなど、眼の痛みにまつわる症状はあまり劇的には改善していない。結局、薬に頼って生きているので、やっぱり長生きしないんじゃないかと本人は思っている。
  • ドライアイは、笑うほどに全く改善しない!ジクアスのみを引き続き継続中。本当に笑うほど、ドライアイだ。
  • 12〜13年前と比べると、全体的な症状はかなり楽になった。50%は改善したと言える。ただしそれが新型コロナ感染で劇的に視力が落ちたから...というのはどうも。レーシックによる遠視化が、眼の痛みや様々な体調不良にかなり影響していたことは事実だ。

 

時々私は思うのだ

生きることなんてクソ喰らえだと思っていたし、思っている。

いつでも15秒以内に、どうでもいいCMが終わる前にピンピンころり、いわゆるPPKできたら、それで私の人生は超絶ハッピー。ゴキブリが瞬間冷凍されるみたいにあの世に旅立てるよう、50歳というのはそれを強烈に願い始める年齢だ。

私にとってのこの数年間は、まるで韓流ドラマみたいなジェットコースターだった。

ブログのアップデートが止まったのも、プライベートがハードすぎて、ちょっと何かを書く元気もなかった...す、すみませんっ。

  • 大切な人が亡くなり
  • パンデミックがやってきて
  • 死ぬほど仕事をして
  • 自分も新型コロナに感染して
  • ゴキブリみたいに解雇され (全部コロナのせいだけど)
  • 会社みんなで解雇され (全部コロナのせいだけど)
  • フィリピンに逃げて
  • 無職、無職、おおお、税金だけがやってくるー
  • 苦悩
  • 税金から一旦逃げるために国外転出すると、日本の健康保険が使えないー
  • 苦悩
  • 面接、面接、落ちる、落ちる、また面接、落ちる...
  • 仕事見つかったんだけど
  • 東京に家がなくて
  • 同時期に解雇された元同僚たちが家を見つけてくれて
  • 滑り込みセーフで新しい仕事を開始して
  • しかしえーっと安定、してません

「で、この先、長生きしてもロクなこと無いわなぁ。病気持ってるうえに、もう50歳のBBAだからねぇ、夢やら希望、15秒以内に逝けたら本望ってやつ?」

このハードな時期に私を支えてくれていた、一斉解雇を経験した元同僚達にそんな話をしていたら、ある日ひとつの命を預かった。

 

「ねぇ、インコと暮してみない?くろねこさんが居ないときは、僕たちが面倒みるからさぁ。絶対に。」

 

そう、彼らと一緒に過ごしたオフィスにはいつも小動物が居て (オフィスに必ず誰かがいる環境だった)。だからその会社の入社試験のひとつが、「小動物をかわいがって家族の様に愛することができるか」だったんだ。

 

ムーンボウ (月虹) と名付けたインコが家にきて、しばらくたつ。

この子の本当の年齢は、鳥の獣医さんに連れていける再来週までわからないけれど、ムーンボウより長生きしないとなーと。

肩に乗った小さな命に「ぐぐぅぐぐぅ」と鳴かれながら、私は思うのだ。

レーシック難民が新型コロナに感染してからの記録 (2) @Level 3.0

レーシック難民である私が新型コロナに感染し、コロナ発症当時から9か月が経ちました。

kuroneko.hatenadiary.com

 

あれから、会社関係者など、周りの人が数名同じようにコロナに感染し、いろいろコロナ感染の先輩としてアドバイスをしているなかで、結構自分は重症だったのだなと実感。

コロナに感染してから、本物のギックリ腰を経験したこともあり、複合的な要素が絡まっているとは思うのですが、コロナに感染して9ヵ月たった今の状況をとりあえず記録しておきます。

いまだに治らないと思われるコロナ後遺症

眩暈

今では、ほぼ毎日起きます。歩いているときなど、突然足を踏み出した時、地面が沈むというか無くなり、そこでよろけて地球がぐるりぐるりと回転し始めます。一呼吸置くと治るので、とにかくホームの端っことか、道路の端っことを歩かないように気を付けています。大学病院で眩暈の薬をもらいましたが、身体に合わず、吐き気が起こり現在では単に放置。

 

耳鳴り

絶賛24時間発生中。今まで一切耳鳴りはありませんでした。

ジリキーンジリキーンというような音が、とにかく永遠に止みません。静かな環境にいると、自分の耳鳴りでイライラするということもあり、絶えず音楽をかけるようになってしまいました。耳鳴りをごまかすというか...。8月末に受けた会社の健康診断でも、聴力の検査に引っ掛かりました。耳鼻科へ行かないといけないみたいですが、もう医療費でほぼ15万円以上超えていると思うので、これも諦めるかなと。

私の耳鳴りを結構忠実に再現しているのが、韓流ドラマの「秘密の森」です。主人公が過去に脳の手術をしており、たまに発作がおきて倒れる際、耳鳴りが起こります。そのシーンにて、ドラマの中で耳鳴りの音がしているのか、自分の耳鳴りなのかがわからなくなるほど、結構あのドラマの耳鳴りが私の耳鳴りに近いです。

 

視力低下

両眼ともに、完全に0.3まで視力低下しました。

新型コロナ感染中の、異様な羞明は治りました。私の場合、過矯正によるレーシック難民なので、視力低下は喜ばしい?ことなのですが、健常者の方だと結構ダメージがあるかと思います。どの文献を見ても、コロナ感染の後遺症に「視力低下」はあまり無く、いったいこれは何なのだろうと自分でも不思議です。ただ、英国の色々なLong Covid サポートグループ (コロナ後遺症のサポートグループ) とやり取りをしていたところ、同じように、コロナ後遺症の症状のひとつに視力低下を訴えている人が数名居ました。

 

筋力低下

私の場合、コロナに感染した後、労災による「ギックリ腰」になったり、長期間のオンライン会議で同じ姿勢を続けたりしていたので、何ともいえません。

ただし、コロナ後遺症に悩んでいるメンバー (主に英国人) とやり取りをしていると、みな口をそろえて長期間の筋力低下に苦しんでいるようです。 今まで、20km位平気でジョギングしていたのに、コロナ感染後は、数か月たっても3km歩くのがやっとだとか、ひどい人だと、感染後半年以上たっても階段さえ登れないという人もいます。私も同じように筋力低下に悩んでおり、どうやって筋力を元に戻すかという話題で、英国人と盛り上がっている状態です。

私はまず、ジョギングは止めて一週間に一度、プールに通い1時間程度泳いでいます。自宅でスクワットを10回、腹筋を10回、それを毎日続けています。あと、整体に通い身体を整え、エクササイズ前には少しプロテインを飲んで、筋力増強!

 

...私の場合、家族が海外に住んでいます。年末年始の休みには、できれば家族に会いに行きたいので、10月初旬にワクチンを接種する予定です。なぜか私の場合、住んでいる区でファイザーの供給がストップしてしまい、予約はアストラゼネカになりました。アストラゼネカの場合、一回目の接種から、二回目の接種まで8週間空けないといけないため、人気が無いのか予約枠が余っていたようです。

私がアストラゼネカを接種した後、その記録もここに残していきたいと思っています。

 

まぁ、ワクチンを接種したから「安全大丈夫!いぇーい!マスクいらないぜ!」というわけにはいかないようです。ファイザーでも、アストラゼネカでも、モデルナでも、接種後にコロナに再感染した人を数名見てきました。なので、皆様もStay Safeでお過ごしくださいね。

 

飛行機が飛ぶか飛ばないか、隔離なしで入国できるかどうかは全く分かりませんが、年末年始の海外フライトの為に、重いスーツケースを抱えて移動できるよう、筋力も戻さないと!地味な筋トレ頑張ります。

レーシック難民が新型コロナに感染してからの記録 @Level 3.5

2021年1月上旬 (1月6日頃?) に、私は新型コロナに感染しました。今回はその詳細を公開します。

(注意) 「新型コロナに感染したかどうか」の判定は、症状・肺炎症状・抗体検査のみで多分確認されました。PCR検査で陽性になったわけではありません。新型コロナ発熱外来も併設している東京でも最先端の病院で診てもらっています。そこで新型コロナ後遺症も診ている専門の医師に「くろねこさんは、ほぼ95%の確率で新型コロナに感染したと思われる」と診断されています。

まだ新型コロナ後遺症は続いているので、ここに書いている文章も「変」かもしれません。もし変であれば、誰か研究材料に使ってください (笑。

 

目次

感染前のスペックと前提条件 (笑

  • 2010年からレーシック難民なので角膜神経痛 (角膜の表面が常に痛い) 、ドライアイ、羞明もあるし、コントラスト低下など...いろいろ眼の症状がある。
  • 10年以上前から、咳喘息という基礎疾患持ち。
  • 大学生の頃から毎週ジムで10km走り、筋トレしている。昔、陸上部だった。
  • 「海外との行き来がいつでも出来る事」を前提とした仕事、生活をしているため、世界に広がってゆく新型コロナ・パンデミックで、個人的に大打撃をくらった。海外に住む家族とは、もう1年3ヵ月会えていない...。
  • 2020年4月~5月辺りの緊急事態宣言により突然在宅勤務となり、自宅の合わない椅子と机で、座骨神経痛っぽいものになっていて、現在でも継続中。
  • 2021年1月3日頃、部屋の模様替えをして足と腰を少し痛めていた。
  • 緊急事態宣言中以外は毎日電車で通勤。カレンダー通りの勤務形態。 マスク着用、手洗い、うがいは気を付けていた。
  • ぎっくり腰には人生で一度もなったことがない。片道30時間のエコノミーのフライトでも腰が痛くなったことがない。
  • 家族のほとんどが日本国外に住んでいるため、私が孤独死しても彼らが困らないよう、私の銀行口座などの情報を2020年6月の時点で家族とすでに共有していた。
  • 会社も自宅も、東京都心。2021年1月上旬、東京では一日の感染者数が2500人とか、そういう感じだった記憶が。
  • ガチの独り暮らしで基礎疾患持ちなので、新型コロナが発生した頃から、いつでも自分が独りで隔離入院できるよう、小型のスーツケースに入院セットを準備していた。
  • ということで、いつでも逝ける準備万端でした...笑。レーシック難民あるあるかも?

言葉の定義 (笑

このブログ内で、ファミリー (Family) と記載する場合、実際の肉親のみを含めるのではなく「私を助けてくれた、私が最も信頼する人々」も含まれます。

それが、私の第二の故郷での定義なのです...笑

感染の具合を3分動画で

下記の動画は、2021年3月9日頃にアップロードしたので、感染してから2か月目辺りの状況です。(完全に動画編集おかしいです...涙)

youtu.be

コロナ感染日記 (詳細を時系列で記載、日付は参考程度に)

1月6日 (水) 頃 - 多分発症した日だと思われ
  • 突然腰と下半身に激痛が走り、足に全く力が入らくなり、突然ぶっ倒れてしまう。この時点では私も周りの人も、単なるぎっくり腰だと思っている。

  • 周りの人が救急車を呼んでくれたが、コロナ患者対応で出動できないとのこと。「倒れた人に意識があるのあれば、自力で何とかしてください」と言われる。
  • 夕方だったので、タクシーで自宅の近くの整形外科へ行き、レントゲンなどを取る。検温をしたが平熱。

  • 整形外科の先生曰く「オンライン会議や自宅勤務で多分座りすぎなのだろう。よって、ぎっくり腰と座骨神経痛を同時に発症したのだろう。腰の激痛は、ぎっくり腰。腰から下の足やお尻の痛みは座骨神経痛。」ということで、ロキソニンミオナールをもらって帰宅。

  • 夜に猛烈な吐き気。私自身は、この時点ではまだ「人生で初めてぎっくり腰になった、きつー」と思っている。

1月7日 (木) 頃 - 緊急事態宣言発令
  • 再度、緊急事態宣言発令。
  • 仕事は原則、自宅勤務へ移行。あまりに腰や下半身が痛すぎて、会社は病欠。
1月8日 (木)頃 - 意識せずに自宅隔離スタート
  • ぎっくり腰がひどくて動けないので、継続して会社は病欠。どうしても参加が必要なオンライン会議だけ自宅から参加すると上長に報告。
  • 下半身の痛みはひどいが、PCは使える状態だったので、四点杖とかコーンスープとか、ベッドで寝ながらスマホをみられるアームとか、をAmazon Primeでポチっとな。
  • 産まれて初めてのぎっくり腰 (実際は違った) だったので「こんなに辛いんだー」という感想。下半身が痛すぎてだるすぎて、自宅からは一歩も出られない状態。そのため、意識せずに自主的な自宅隔離開始。
  • 検温なんてしていない (笑。
1月9日 (土) 頃 - 夜に吐き気と倦怠感発生
  • 夜に猛烈な吐き気がして、急に身体がだるくなる。とにかく一歩も動けなくなったので、ゲロった時の準備をして寝る。 
  • 寒気がしたので検温したが、平熱。
1月10日 (日)  頃 - 38度辺りの発熱、映像によるサイケデリックな感覚発生
  • 朝起きたら、すごくだるい。倦怠感、という言葉では表現できない、身体が泥になったような状態。意識も朦朧としている。
  • 検温したら38度の発熱。あれ?ぎっくり腰って発熱するんだっけ?でも整形外科は休みだしなぁ...熱が出たせいか、腰の痛みは楽になり、でも下半身に力が入らない。
  • ロキソニンミオナールを飲んで、ベットで横になってNetflixとかAmazon Prime Videoとかを観まくる。
  • なぜかアニメが尋常じゃないくらいに美しく見えて、映像や音が脳に突き刺さるような感覚がし、かつ画像がとても眩しく感じる。まぁ、ぎっくり腰だしね、仕事も忙しかったしね...と有料版にまで手を出して、ひたすらアニメを観まくる。
  • とにかく「天気の子」が美しかった...その時はね。

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38度の発熱
1月11日 (月)  頃 - 熱は37.5度、まだ単なるぎっくり腰だと思っている
  • 発熱はしているが37.5度程度。昨日よりかはマシになっていると油断。
  • 確か、数日前に診てもらった整形外科の先生に電話をしたところ「ぎっくり腰は、急性の炎症なので突然発熱することもある。ロキソニンミオナールを飲んでしばらく安静にして様子をみてください。」とのこと。この辺りから記憶が曖昧。
  • まだこの時点では、ぎっくり腰だと思い込んでいたため、全くコロナ感染など頭をよぎらず。だって咳も出ていないし、呼吸困難も無いし。
  • 緊急事態宣言下なので自宅勤務継続。腰の痛みがひどいということで、上長の了承を得て、必要なオンライン会議と緊急性の高い仕事のみ自宅から仕事を継続。
1月14日 (木) 頃  - 平熱に戻ったが、これは何かが変だと思い始める
  • 熱はすでに平熱に戻っている。
  • とにかくだるい。毎週10km走っている私が、自宅のトイレまでたどりつけない。四点杖大活躍。マンションのごみ箱にすら行けない。
  • 意識が朦朧としている。特に、16時頃になるともう気絶するようにベッドに横になっている。気が付くと2~3時間が経過している。会社には「腰痛で座っていることができず、体調が悪い」とすでに伝えているので、気合でどうしても参加が必要なオンライン会議にだけは、自宅から出て司会を行う。
  • 食欲がほぼ無い。甘いものとコーンスープだけで生き延びている。
1月17日 (木) 頃 - 単なる「ぎっくり腰」ではなく、ヤバい病気かもと思い始める
  • 1月14日頃から、ずっと平熱。
  • 単なるぎっくり腰では無いと思い始めたのがこの日。
  • なぜなら、この辺りに、突然意識がなくなり、床に直置きをしていたモニターの上に倒れ、3時間位意識が無くなったから。モニターは見事に故障...今でも故障中。
  • 眼が猛烈に眩しくなり、文字の認識が出来なくなる。ファミリーのRさんから、くろねこヤマトで荷物が届き、Rさんの住所を確認しようとしても全く文字が分からない (Rさん、本当に字が下手だな、住所読めないじゃん...と、いえいえ今見たら、ちゃんと綺麗な字で書いてあります)
  • とにかく「倦怠感」という言葉では現せない、身体のだるさ、そして意識がもうろうとする。記憶や意識がとぶ。なんか悪い薬でトリップしている?感じ。
  • 他にも、耳鳴り、音に敏感になる、頭痛、眩暈、眼の奥の痛み、麻酔薬でも注入されたような激しいだるさ・倦怠感、とにかくなんか壮絶。本気で全身、動けない。
  • 経験は無いけれど、違法ドラッグをやったような感じ。視覚・聴覚・触覚すべてが別の回路につながって、見えないものが見えたり、映像に触れることができるという不思議な感覚。音にも敏感になり、通常検知できない音が耳に突き刺さる。いつも聞いている曲を聴いても、「この箇所に重低音はいってた?」みたいな。ただし、麻酔薬を打たれたような倦怠感によって、インプットはできてもアウトプットが全くできない。
  • あまりにも光が眩しくて、室内なのにサングラスをして生活。レーシックによる羞明を100%とすると、当時はそれを200%超えるような眩しさ。
  • 本気で「脳と神経をやられた」と自覚。
  • 「死ぬ覚悟」、孤独死を予感。
  • 関西に住んでいる友人から、この記事をメールでもらう。メールで相談にのってもらっていた。
1月22日 (金) 頃 - ここまであまり記憶がなく、やっと記憶復活
  • ここまで、ほとんど記憶が無い。どうやって仕事とか、生活していたんだろう...涙。インスタとかあげているので、ベッドにねっころびながら、ラップトップやスマホで何かやっていたんだろう。
  • オンラインから仕事していたけれど、やはり16時以降は意識が飛ぶので、上長に連絡を入れて「16時ごろ以降は、病欠にしてもらっていた」と勤怠記録には書いてある (笑。
  • 朝に咳が出始める。まぁ、咳喘息持ちなので予感はしていたんですが。
  • 勤怠記録以外、記録も取っていない。Twitterが正
  • 1月6日から1月22日まで食欲ナッシング。5kgは痩せた。多分、コーンスープと、親友たちの差し入れで生きていたような気がする。
  • 仮にコロナに感染していた場合、外に出ると他の人に感染させてしまうのでひたすら自宅内で耐える。というかその前に、身体が動かせなかった。Ubar Eats・Amazon Prime・ネットスーパーにどれだけお世話になったことか。感謝です。
1月25日 (月) 前後 - 体調は少しずつ回復、外出開始。しかし猛烈な咳が
  • 早朝から17時くらいまでは何とか動けるようになり、引き続き自宅勤務。この頃から、近くのコンビニ位であれば、早朝に外出ができるようになる。
  • この辺りから、朝に呼吸困難になるような咳が出始める。咳喘息で、一度「地上で水に溺れて窒息する」ような経験をしているので、覚悟はできていたが。
  • まだ、17時以降は急激に身体がだるくなり、眩暈がする。
  • 友人から教えてもらった、新型コロナウイルス感染症電話相談窓口 (電話番号 0570-550571) に電話をする。すぐに電話がつながったが、現在全く発熱しておらず、症状が咳や倦怠感なので、かかりつけの先生か近所のクリニックへ行くように勧められる。対応は優しかった。しかし、クリニックへ歩いて行く体力も気力も、激しい倦怠感のためそもそも全く無いし、オンラインとはいえ仕事を継続していたので何となくベットに戻ってしまう。
  • 比較的朝は元気なので、コロナのおかげで、完全に朝方体質にシフト。
1月29日 (金) - 感染後初めて会社の近くのクリニックへ、肺炎を発症
  • 倦怠感もある程度治まる。
  • 猛烈な咳が午前中だけではなく、一日中続くようになる。今までは、ストックしていたシムビコート (咳喘息の吸引薬) でしのいでいたが、それでは追いつかなくなってきたので、病院へ行こうと決意。 
  • 1月6日より前は、駅の階段を使っても全く問題がなかったのに、階段を使えない。階段を2段登っただけで息切れがして、倒れこむような倦怠感に襲われる。いつもひょいひょい階段を使っていたので「何だこれ?」と自分が驚く。ただ頭が????になる。
  • 昼から出社する必要があったために、会社の近くのTクリニック (咳喘息の吸引器を以前から処方してもらっていた) で診察。
  • クリニックでCTをとった際に、肺炎と診断される。今までの経緯から即座に入院が必要と判断される。先生が一番パニックになっていた。確かにCT画像を見たら、肺が白くなっている。
  • Tクリニックの先生が、必死で東京中の病院へ問い合わせ。私の入院要請をしてくれたが、どこもコロナの患者さんで病床はいっぱい。
  • 私は先生に「もっと重症な患者さんに病床を譲ってください、入院は必要ないです」と伝える。日本で入院したくない、ご飯まずいから。
  • 受診日が金曜日だったために、ハードな選択を迫られる。
  • 先生から「CTの画像をいれたCD-ROMと、宛名を記入しない診断書」を渡され、週末に病状が急変したら、これを救急隊員に渡してください、と。病床が空くまで生き延びてください、と。自分が一番、( ゚д゚)ポカーン な状態。
  • 会社の同僚がTクリニックまでかけつけてくれて、本当に感謝。
  • 唾液のPCR検査を受けて陰性。何と価格は25,000円。発熱外来、あるいは保健所を通さないとPCR検査代は全額自腹なのだと、後で知る。この時点でPCR検査、受けなきゃよかった。
  • 後ほど、いろいろな所に交渉しましたが、25,000円はどうにもなりませんでした。結局自腹。
1月30日 (土) 頃 - 「死ぬかもしれない?」と警告を受けてヤッホー最後の晩餐
  • 咳が半端ない。
  • Tクリニックから処方された咳止め (メジコンムコダイン、リン酸コデイン) を飲む。喘息用の吸引も、シムビコート (発作時) とレルベア (一日一回吸引) を2種類処方される。
  • 私死ぬんかいな?死ぬなら、最後の晩餐はうまいもん食べたいなー、とディナーに生牡蠣と白ワインをいただく。(その後は医師からの許可がでるまで、一切飲んでいませんよ...笑)
  • でも次の日、生きていた...笑
  • とにかく、眼の眩しさが半端ないので、奮発して最強のブルーライトカット眼鏡を買う。これがないと、オンラインで仕事ができない。

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これを渡され、万が一の際には救急隊員に渡してくださいとのこと
2月1日 (月) 頃 - 東京都心の、コロナ外来もある専門の大病院への搬送が決まる
  • 発熱外来やコロナ患者の治療を専門としている、東京の専門病院への搬送?が決まる。搬送といっても、普通に電車にのって、自宅から東京でコロナ治療ではトップクラスだという大病院へ行っただけ。
  • 私の今までの経緯や、Tクリニックからの紹介状などにより、即、発熱外来へまわされる。
  • 大病院の入り口には係員の方がいて、Tクリニックからの紹介状を渡したら、速攻で発熱外来。CT検査、鼻からのPCR検査、抗原検査などなど、問答無用でありとあらゆる検査を受ける。
  • 結局診断は「多分コロナによる肺炎」。ただし、コロナに感染したかどうかを調べる抗体検査?は検査待ちの状態。検査結果が出次第、再度来院してくださいとのこと。
  • 初期~中程度の肺炎患者を受け入れる病床が無い (コロナ前の世界であれば入院処置だったらしい) という事で、抗生物質やらいろいろもらって、なぜかその後出勤...多分、自分でも自分の状況を把握できていなかった。
  • この日、大病院の発熱外来内に4時間位滞在。自分が感染した事よりも、発熱外来に担ぎ込まれる周りの人達の状況を見ることにより、新たなトラウマが...だってコロナでお亡くなり寸前になっている方やその親族が、私の眼の前で...いろいろ会話聞こえてくるし。私は咳がとまらないし...発熱外来の看護士さんが私のためにソファを用意してくれてそこで横にならせてくれた。本当に感謝です。
  • 支払いはその場で行わず、あとで金額を自宅に郵送するとのこと。
  • その日の検査や治療代は保険がきいて、2万円くらいかかったかなー、来年は確定申告時に税務署訪問が確実。

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命の選択を迫られる、そんな現場で働く医療従事者の皆様に感謝

そして敬意を表して

2月3日 (水) - この辺りから本気の肺炎と味覚障害発生
  • この頃、仕事がカオスになっていて、原則自宅勤務、たまに午後から出勤というスタイルへ。
  • 日によっては会話ができないほどの咳が出て、オンライン会議の司会を他の人に代わってもらう。
  • なぜかこの辺りから、味覚障害が発生。コロナとの因果関係は分からないけれど、歯磨き粉の味が全くしない!アイスクリームを食べても、なんか冷たい油が口の中に入っているような感じ。「辛さ」だけは認知できたので、辛い物をひたすら食べる。
  • 音に敏感になっているため、音楽が煩わしいまま。耳鳴りもひどい。
  • 相変わらず夕方からの倦怠感は継続。
  • コロナとの因果関係は分からないが、この辺りから不眠に悩む。いつも8時間以上とか眠れる人なのに、6~7時間しか眠れず、それに必ず7時ごろに起きるようになり朝型になった。今まで夜型だったし、休みの日は11時頃まで寝ていたのに...。これは今でも継続中。原因不明。
2月17日 (水) 頃 - コロナ感染を家族、ファミリーや会社関係者にカミングアウト
  • 大病院にて、抗体検査と思われる?検査結果がでる。
  • 主治医から「ほぼ95%以上の確立で、くろねこさんはコロナに感染しました」という根拠となるデータをもらう。それが何なのかは、よく分からない。印刷した紙は持っているが意味不明...抗体検査は陽性?、あと何か別の検査をしていたが、素人には分からない。
  • 家族、ファミリー、そして会社関係者などに「私コロナ感染しました、今コロナ肺炎になっています」をカミングアウト。
  • 結構激震がはしる。そりゃそうだよな...家族は海外に住んでいるんだから。心配かけてごめんなさい。本当に自分でも最初は「ぎっくり腰」だと思っていたんです。
2月26日 (金) 頃 - 肺炎自体は完治、視力がかなり悪くなった(近視化!) 
  • 肺炎は完治。ただし「肺の白い影が全部無くならず、残っている状態 = コロナにより一部ダメージを受けている状態」らしい。
  • 午前中だけ、相変わらず咳発作が起こる。それは肺炎ではなく、咳喘息症状によるものだろうと大病院の主治医から言われる。
  • 午前中は自宅勤務で、昼からたまに出社。
  • コロナとの因果関係は分からないが、とにかく視力が驚くほどに落ちた。近視用の眼鏡の購入を考えないといけないレベル。
  • 日によって、夕方頃に突然倦怠感に襲われて身動きとれなくなったり、眩暈・耳鳴り・頭痛、眼の奥の痛みなどが継続。眼の奥の痛みは10年以上前からか...
  • この頃の眩暈は結構危険で、突然地球が360度回転する感じ。これ、駅のホームで起きたら危ないやつ。
  • 味覚障害は完治。
  • ブレインフォグというか、記憶が一瞬飛んだり、意識が朦朧とする感じが無くもない。仕事は気合で乗り切っているが、周りからは変な人扱いされているかもしれない。
  • いろんな事が絡まっていて、コロナによって起こった症状なのか、このコロナ禍のストレスなのか、あるいはレーシック後遺症によって引き起こされた症状なのか、その区別が自分ではもはや判別がつかない。そして、大病院のコロナ専門の主治医も、未知のウイルスなので後遺症までは分からないとおっしゃっている。
3月8日 (月) 頃 - たまに眩暈、たまに倦怠感、羞明など継続中、咳は治まる
  • 大病院には継続して通院。CTを撮り続けると被爆の被害がある?という事らしく、経過観察のみ。
  • 羞明、半端ない。モニターなども最強のブルーライトカット眼鏡が無いと見続けていられない。
  • 地球が回転する眩暈は頻度が減ってきたが、まだ週に1回程度発生する。
  • この頃になると分かってきたのだが、腰が痛く (だるく?) なってくると、なぜか夕方の倦怠感も一緒にやってくる。なので腰が痛く (だるく?) なってきたなと思ったら、自宅勤務に切り替え。なぜなら、倦怠感がやってくると数分間~数時間、意識飛ぶ事があるから。
  • 薬のおかげか、咳はかなり治まる。たまに朝少し咳込む程度で咳発作は、ほぼ完治。
3月14日 (土) 頃 - ジム通い再開、ほぼ健康を取り戻す
  • 大病院の主治医からの許可がおりて、2か月ぶりにジムへ。今まで通りには走れないし、筋力も相当落ちていた。特に腕や肩の筋肉が落ちている。ジョギングはマスクをして走らないといけないこともあり、速度を落として走る。
  • 久しぶりに運動ができてうれしかったが、その後、かなり筋肉痛になったので、あまりペースをあげてはいけないなと反省。
  • 週末に必ずジムへ通っていたので、この辺りからやっと元の生活が戻ってきたと実感する。「筋肉は裏切らない」本当にその通り!
  • コロナ感染によると思われる羞明も完治。レーシック後遺症による羞明は相変わらず...笑。
3月20日 (金) 頃 - 95%健康体、しかしコロナ後遺症は継続中
  • ほぼ、健康を取り戻す。
  • 突然やってくる眩暈、耳鳴り、1~2週間に1回程度発生する、夕方からの倦怠感にはまだ悩まされている。
  • コロナによる「倦怠感」は、コロナになった事がない人には、多分どれだけ文字で伝えても分からないと思う。
  • 咳は、たまに発作が起きる程度だが、咳喘息の症状だという事で、レルベア (一日一回吸引) のみ継続中。
4月4日 (日) 現在 - レーシック後遺症とコロナ後遺症のダブルパンチ確定
  • 大病院での診察は定期的に続いている。最終の肺の精密検査は4月中旬に予定されている。
  • Twitterでいろいろコロナ後遺症 (Long Covid) について調べている。自分に何が起きたか、いまだに大病院でコロナ患者を診ている気管支専門の主治医を含め、誰も理解できていない。
  • まだ肺の影は完治していないし、いろいろな症状を大病院の主治医に訴えても「薬を増やすか」あるいは「諦めるか」、どちらかしか無いと言われている。他の科にもまわされても、医療費と薬だけが増え、眩暈の薬では「薬の後遺症」で吐いたしな。
  • もう今の時点では、コロナ後遺症患者として、大病院の実験サンプル (実験動物) になっている感があるので、治療は次回で終わらせようかなと悩み中。
  • 今だに毎日悩んでいる症状は、キーンと金属音のような耳鳴り・たまに発生する「地球が360度回転するような眩暈」。あと、たまーに起こる咳喘息。でも、コロナとの因果関係があるのかどうかは、本当に分からない。
  • コロナ風倦怠感も、また発生するかもしれない。今は元気だし、腰痛も全くないけど。
  • 薬は、レルベア (一日一回吸引) のみ継続中。
  • 朝、暖かくなってきたなと実感。感染してから今日に至るまで、季節を感じる余裕がなかった。
  • ジムで筋トレとジョギングをして、やっぱりジムの雰囲気好きだなー、身体も心もデトックスできるなと実感。

症状のまとめ (コロナの症状ではないものも多分含まれている)

  • 激しい腰痛・下半身にまったく力が入らない - 倦怠感とセットでやってくるので切り分けが難しいが、多分最初の症状はこれ。「あまりに腰が痛く、また腰から下にかけて全く力が入らず、立っていることすらできずにその場で崩れるように倒れた」というのが最初の症状。当時、その場に人が一緒に居たので、その人が救急車を呼んでくれたのですが、救急車は全く出動できない状況でした。(誰も感染はせず、本当にほっとしました)
  • 発熱 - 私が38度以上の発熱をしたのは1日だけ。その後2日程度は微熱で、すぐに平熱に戻りました。
  • 倦怠感 - 麻酔薬とか精神安定剤とか違法ドラッグ?みたいな薬物を大量摂取して、神経もろとも意識朦朧となる、そんな感じ。身体全体が泥のようになって、一歩も動けない、それが最低でも2週間以上続く。私の場合、コロナ後遺症に突入してからは、「腰痛 (腰のだるさ)」が倦怠感の予兆としてやってくるので、「腰痛 (腰のだるさ)」が起きたら自宅勤務に切り替えるようにして、仕事をやり過ごしていました。
  • サイケデリック体験 - 映像や音が脳に突き刺さる。音に過敏になり、以前は聞こえなかった音が脳内で認識できる。触角も敏感になり、映像や音に触れることができる、本当に5次元の世界に飛ばされたような感覚。コロナ感染中に観たアニメや映像を、再度観ても、あの感覚を再度味わうことはできませんでした。聴覚・視覚・触覚が、5次元に飛びます。
  • 視覚障害 - 字が読めなくなります。一番ひどいときは、文字の認識ができなくなる。代わりに映像が脳に突き刺さる。
  • 半端ない眩しさ・羞明 - とにかく眩しい!!!!!ただでさえレーシック難民で羞明なのに、光が痛い。よく自宅からオンライン勤務を続け、パソコン作業していたものだと、自分で自分を褒めたくなります...笑
  • 視力低下 - コロナ感染後、とにかく視力が落ちました。近視用の眼鏡がそろそろ必要なレベル。
  • 意識障害 - 突然ぶっ倒れます。実際に自宅内で2~3時間程度、ぶっ倒れてモニターをぶち壊しました。机に座ってパソコンに向かったまま、数時間記憶が無くなりました。あの記憶はどこへ行ったんだろう?もしかしたら、何かやらかしていたかもしれませんねぇ。
  • 記憶障害 - 一時期、記憶がありません。一応、毎日業務記録はつけているけれど、業務記録を書き込んだ記憶すら無い。あれは自分が書いたんだろうか?
  • ブレインフォグ - 一応自分の意識はあるけれど、頭の中がしびれて、自分が靄のなかにいるような感覚。今やっていた動作を即座に忘れ、仕事に支障がでまくるやつ。多分、仕事でもプライベートでも、周りに迷惑をかけていたと思われます。すみません。
  • 脳の暴走 - これはコロナと関係があるかどうか分からないのですが、脳のデータベースが暴走します。なので、重要な判断や決断は、コロナ感染後半年くらいはしない方がよいかも...
  • 不眠 - もともとレーシック後遺症の角膜神経痛で眼が痛く、寝つきが悪く睡眠薬を使うこともあるのですが、輪をかけて不眠になりました。脳のデータベースが常にフル回転してCPUがMAXな感じ。なぜか、必ず朝7時に起きます。以前なら、土日は11時まで寝ていたのに。ふ・し・ぎ。
  • 午前中は体調が良い - これもコロナと関係があるかどうかわかりませんが、午前中の方が体調が良いため、自然と朝型生活になりました。ただし、咳は午前中の方がひどいんですが。
  • 眩暈 - 地球が360度突然回転するような眩暈が発生。予兆もなく突然発生するので、駅のホームでは気を付けています。こんな眩暈、人生で初めてです。ひゃっほー、地球が回転してる!!!みたいな。
  • 耳鳴り - 今でも絶賛継続中。キーンキーンと金属音的なものが耳と脳を痛めつけています。意外とダメージある。
  • 味覚障害 - 私は1週間程度しかありませんでしたが、全く味覚がなくなるというよりも、味がおかしくなりました。水を飲んでも汚水の味がしたり、「甘味」が全く分からなくなったり。歯磨き粉の味が、全く分からなくなりました。なぜか「辛さ」だけは分かったので韓国料理ばかり食べていた。
  • 咳と肺炎 - まぁ、これは明らかにコロナっぽいですね。ただ、静かに肺炎が進行し、発熱も伴わないのは (通常の肺炎だと高熱を伴うそうです from 大病院の先生) コロナによる肺炎の特徴だそうです。
  • 時差攻撃 - 熱が出たあとから徐々に、時差攻撃でありえない症状が発生します。体力を奪い取るように症状が少しずつ悪化し、自分でも何が発生しているのか、把握できないまま、最悪死に至る。
  • 一般的に人類が経験する風邪症状が全くない - 咳・鼻水・くしゃみ・喉の痛みなど、風邪やインフルエンザなどでよくある症状は全くありません。私の場合、コロナから肺炎になったのでコロナに感染したと思われる時点から3週間位たってから、肺炎による猛烈な咳が発生しました。
  • 完治がいつか分からない - 「肺炎でできた肺のダメージは一生治らないかもしれない」と大病院の先生からは言われています。眩暈も、耳鳴りも...たまーに起こる、仕事の疲れかコロナの後遺症か判別できない倦怠感も、治らないかもしれません。いまだに絶賛継続中です。

以上、長文になりましたが、レーシック難民がコロナに感染し、コロナ後遺症で苦しんでいる記録です。

個人的な感想ですが、新型コロナウイルスは風邪やインフルエンザとは、全く異なります。神経や脳を直撃するウイルスです。

体験した私が言うのもなんですが、ちまたの陰謀論を信じたくなってしまうような、本当に5次元の体験をしました。

そしてその5次元から、私はいまだにもとの4次元に完全には戻れずにいます。一生戻れずに過ごすのかもしれません。

レーシック後遺症だけでお腹いっぱいなのに...涙。

コロナ感染中役にたったもの (特に独り暮らしの人向け)

全力でアフィリです...が実際に私が購入しました。

1月6日から4月4日までにかかった医療費などのコスト

 多分10万円近くに達していると思われ。

  • 唾液でのPCR検査 - 25,000円
  • Tクリニックでの診察と薬代 - 5000円位はしたなー
  • 大病院での検査代や治療費、薬代 - 多分総額で3万円~4万円にはなっている、まだ診察は続くのでまた費用がかかる。
  • 普段なら使用しないUbar Eats (高額) や、スーパーで買うより高額なアマゾンで買い物をしたり、上記の全力アフィリの商品などを買ったり。OMG!!

最後に

今回私を支えてくれた家族、ファミリー、会社の同僚、親友や友人達、そして医療従事者の皆様に本当に感謝です。どれだけ助かった事か。このブログ記事が、どこかの誰かの役にたてば幸いです。

テレビやネットのニュースでは多分、医療従事者の方がどんなに苦しい状況にあるかは、伝わらないと思います。たった数時間、コロナ発熱外来に居た私ですら、精神的にやられました。

発熱外来の先生の診察室のパソコン画面に、当日の患者さんの一覧が出ていて、「トリアージ (Triage)」という項目がありました。そこに数値が入っていて、私のトリアージの数値、そして他の患者さんの数値、いまだに忘れられません。

命のトリアージって、本当にどれだけ大変なことか...

 

「自分自身がすべてを無くしてどん底に堕ちそうな時、誰が精神的に、あるいは肉体的に支えてくれるのか、誰が実際のアクションをとって死の淵に居る私にかすかな光であっても、それを届けてくれるのか」。

 

私のファミリーは、私にかすかであっても希望の光を与えてくれて、実際のアクションをとってくれる人達。

そんな素敵なファミリーを全世界に持つ自分は、本当に恵まれているのだと、今回のコロナ感染で再度認識し、その縁に感謝しました。

Thank you, my family, who supported me from all over the world.

 

P.S.

変異株コロナ・ラウンド2にならないように、引き続き、感染予防には気を付けます。

人が持ち得るもの、それは絆 @Level 4.0

11月29日 (日) に開催された、レーシック難民のオンライン交流会に参加してくださった皆様、本当にありがとうございました。Zoomでの開催は初めてだったので、いろいろと不手際があったかもしれませんが、むしろZoomで開催することにより、日本全国の被害者さんが参加できて良かったです。

(あと交流会開催後に参加申し込みをいただいた皆様、申込書の締め切り終了日を設定し忘れておりすみません)

 

また、このコロナ禍で絶望的にお忙しい中、時間を割いて参加していただいた、自民党政務官みたに英弘先生医療問題弁護団の高梨先生、本当に何と感謝してよいか言葉にできないのですが、本当にありがとうございました。

都市伝説として葬られていた「レーシック難民」が、現実に被害として発生している事実であることが認識され、そして裁判までこぎつけることができたのは、本当に三谷先生と、医療問題弁護団の先生方、そして一緒に勇気を出して闘ってくださったり、声をあげてサポートしてくださった被害者の皆様...

そう、今これを読んでくださっている皆様のおかげです。

 

苦労はありました。

集団訴訟を行ったことでNHKを含めた地上波に出まくったので、誹謗中傷は、私の想像を絶するものでした。人生が歪みました。ただ私は、自分のキャリアや人生を棒にふってでも闘わなければ、今日まで生き延びることは不可能だったと断言できます。

レーシック直後に、手術を受けたクリニックの医師から言われた言葉を今でも覚えています。

「あなたは100人に1人の特異体質で、手術後にとても特殊な後遺症が出ています」

この言葉は、呪いとなりました。

 

私だけがおかしいんだ。何か遺伝子レベルでおかしいのだろうか?私の過去の経験の何かが良くなかったんだろうか?20代の時に入院したとき、治療で使用した点滴の薬が良くなかったのだろうか?特異体質ということは、もう長生きなんてできないんじゃないか?私独りが、この眼の痛みに苦しんでいて、それは私のDNAのせいなんだ。みんなと違うんだ、人間じゃないんだ。やっぱり私は違うんだ。まともな人生なんて、歩めないんだ。

 

独り。

当時住んでいた10階のマンションのベランダから、夜中、下を走る高速道路の車のテールライトを眺めているとき、

ネットに入ってきたたくさんの声。

 

私も同じです。

私もくろねこさんと同じ症状です。

私も眼の症状で仕事を休職しました。

私も眼の痛みで仕事を辞めました。

眩暈で吐いています、まっすぐ歩けません。

今、生活保護です。

もう死のうかと思っています。

 

私は決して異質ではなく、同じ症状に苦しんでいる人が居るんだと。私の頭の中で勝手に作り上げられた痛みなのではなく、実際にこれは被害なのだと。その声に私は、自分の命をもう一度授けられました。

 

当時、私が最初にネットに初めて助けを求めた時の掲示板の画像を、もう一度張っておきます。

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レーシック手術直後に、もう今は閉鎖された掲示板に書き込んだ相談。最初に私がネットにヘルプを求めた時です。

 

youtu.be

懐かしさと絆

1990年代後半頃、私は外国の会社で、最先端の人工知能の研究チームと仕事をしていました。自然言語処理 (検索エンジンの基盤) 、感情認識 (ある音声や動画をシステムに入力して感情を読み取る)、画像認識、レコメンデーション (この音楽が好きなら、この音楽も好きでしょ? みたいな) といった分野の仕事をしていました。これらのシステムの裏側では、当時、人工知能が稼働していました。

そんな昔でも、ある程度、人工知能は人間の感情を理解することが出来ていたのです。

ただし、唯一理解できない感情がありました。

「懐かしい」と「絆あるいは同情」という感情です。どれだけ人工知能に私がティーチング (人間が先生になってガイドすること) をしても、当時の天才プログラマが徹夜でチューニングをしても、人工知能は結局その感情を理解できないままでした。

 

このコロナ禍において、その記憶がなぜかずっと頭から離れません。

私たちレーシック難民が得たこの大きな絆、それは何よりも尊いものなのかもしれません。

レーシック難民のオンライン交流会まだまだ参加受付中 @Level 3.0

レーシック難民のオンライン交流会

レーシックなどの視力矯正手術後に何らかの後遺症・合併症を発症してしまった方や、その家族やご友人などを対象としたオンライン交流会を、11月29日 (日) 14:00から16:00頃まで、Zoomで開催します。

なんか盛り上がったら、同日の18:00から21:00位までZoomのみ?(お酒飲まなくてもなんか水分飲んでたらよい) も考えています。

まだ交流会の参加の申し込みをされていない方は、下記のフォームからお申し込みをお願いいたします。

jp.surveymonkey.com

さて、コロナで海外旅行にも行けないし、海外の実家にも帰省できず、もはやメンタル崩壊気味なので、VTuberデビューしてしまいました。まだまだ力不足ですが、VTuberのくろねこもよろしくお願いいたします。

www.youtube.com

基本、眼が完全におかしいので画質や色味やコントラストは、かなり変だと思いますがまだまだ初心者なので許してくださいね。

 

とりあえずVRoidでVTuberデビューしてみた

仕事が忙しいので、いつまで続くかわかりませんが、ちょっとお勉強もかねてVRoidで動画作成してみたいと思います。結構、複数のツールを使わないと編集ができないので、思ったよりも大変かも?

なかなか音入れで苦戦しております...

 

インスタ:

https://www.instagram.com/kuroneko_the_black_cat/

 

YouTubeのチャネル - くろねこの涙:

www.youtube.com

2020年11月29日 (日)にレーシック難民のオンライン交流会を開催します @ Level 3.5

オンライン交流会のお知らせ

レーシックなどの視力矯正手術後に何らかの後遺症・合併症を発症してしまった方や、その家族やご友人などを対象としたオンライン交流会を、11月29日 (日) に開催します。

コロナ禍において、初めてのオンライン交流会となりますが、日本全国からZoomで参加いただければ幸いです。

メールやTwitterにて参加希望のご連絡をいただいた後、こちらから少し確認をさせていただいた後、オンライン会議へのアクセス方法をご連絡させていただきます。

 

オンライン交流会の詳細:
日時:2020年11月29日 (日)

時間:14時からZoomで開始

会議へのアクセス方法:確認後に個別にご連絡いたします (冷やかしなどの人が入らないよう、面倒ですがご迷惑おかけします)

その他 : プロのシンガーさんによる歌も聴けるよ!

※注意 :
オンラインでの会議は不慣れなもので、いろいろ突発的な問題が発生するかもしれません。オンライン会議で使用するオンライン会議ツールは、Zoomを使用します。

 

申込先 :

【レー シック難民を救う会 】オンライン交流会への一般参加申込書 Survey

から申し込みお願いいたします。

 

記入がつらい場合には:
くろねこ
kuroneko049@gmail.com

へメールいただくか

くろねこのTwitterのダイレクトメッセージへご連絡ください。

twitter.com

 

2020年10月5日にガイドライン違反のグループが勝利的和解

レーシック後の後遺症に関する集団訴訟は、症状やレーシックを受けた病院などに分かれ、小さなグループで個別に訴訟が進んでいました。私は「翔友会 品川近視クリニック」にて、「過矯正」(望んでいる視力よりも強度に矯正されて遠視になった、近くに焦点が合わないなど) にされた、というグループで裁判を闘ってきました。

結果は、2019年3月に勝利的和解となりました。

 

その後、私が所属していたグループとは異なる「ガイドライン違反」のグループが、2020年10月08日 (木) に勝利的和解を勝ち取りました。

レーシックは誰でもが、自由に受けられる手術ではありません。2004年辺りから、日本眼科学会では、屈折矯正手術のガイドラインというものを制定しています。例えば、かなり強度近視の人に対しては、レーシックを受ける際に大きなリスクがあり、原則、勧めないとされています。事前にドライアイと診断されている人も、レーシック実施には慎重になる必要があると記載されています。

しかしクリニック側は、このガイドラインを一切無視し、本来であればレーシックを受けさせてはいけない「ガイドラインでレーシックには不適合とされる人」に、レーシックを勧め、なおかつ、リスクに対する説明すら行っていませんでした。

詳しくは、このグループで裁判を勝ち抜いた、レーシック難民の会、会長さんの記事やニュースを参考にしてください。

裁判において、実名で顔を出し闘うことは、思っている以上に精神的にも、肉体的にもしんどい作業です。本当にお疲れ様でした。

lasikmutualjapan.jimdofree.com

mainichi.jp

www.youtube.com

11:16辺りから、彼女の症状やコメントを実際に聴くことができます。彼女がどれだけ長い間苦しい思いをし、生活にも困難をきたし、仕事も手放さざるをえなかった苦しみを、ぜひお聴きください。私も似たような生活をしています。

私達「レーシック難民を救う会」は、裁判の勝利的和解が目的ではありません。これから、新しいステージでの闘いが始まります。

 

下記の実現に向けて進んでゆきます

  • 視力矯正手術被害者に対しての医療的救済。治療方法の研究などの推進。
  • 視力矯正手術においてのインフォームド・コンセント、特にリスクの説明の徹底
  • 医療広告や医療アフィリエイト、医療関係の紹介権やクーポン券などの法規制
  • 視力矯正手術被害者で、かつ、就労が困難な人に対しての金銭的な救済を要請

 

コロナ禍のなかで

2020年。

私の人生は、転がるように日常がみるみる崩れ落ちてゆきました。今でも、まるでローラーコースターに乗っているような毎日が続いています。

2020年1月末、大切な人を亡くしました。

彼との最後の会話は、口論でした。「あんなひどいことを言わなければ良かったな」と思いつつ、自分のことで精一杯でした。

口論をしてから8日後、突然、救急隊員から私のスマホに電話が入りました。彼が心停止で、救急車で搬送されているという連絡でした。慌ててかけつけた時、彼は警察署の霊安室で冷たくなっていました。署の裏側の冷たい倉庫に、小さな線香が置かれていました。今にも語りかけてくるような、穏やかな顔。

いろいろ事後処理をした後に自宅に戻ると、宅配ボックスにプレゼントが届いていました。

...私の誕生日でした。

誰から来たかも明記されていないブリザードフラワー。亡くなった彼のパソコンの履歴から、それは彼から私に贈られてたものであることが分かりました。

 

それからコロナ禍が始まり、私は大切な人だけではなく、多くのものをこの9ヶ月で失いました。あれよあれよと、砂の城のごとく。

私が日本に移り住んだ15年ほど前から、この国で築き上げたものが、もののみごとに崩れ落ちてゆく現実。

しかし同時に、こんな混乱のなかにあって、亡くなった彼が今でも私を守ってくれているように思います。すべてを無くしたからこそ気づいたこと、彼が多分私を導いてくれたこと、それが今の私を支えてくれています。

 

同じように、このコロナ禍において、大切なものを無くした方が大勢いるかと思いますが、新しい世界と価値観は多分眼の前に、それこそ毎日通勤で使う道に素敵な花が咲いてることに気づかないように、そこに開いています。

一緒に今を乗り越えて、次のステージへ飛躍していきましょう。

 

オンライン交流会で、全国の皆様にお会いできることを楽しみにしています!