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くろねこの涙

レーシック難民になってからの記録

「視力が良い事」と「眼に違和感がなく、物が見えやすい事」は全く異なるのです @ Level 3.8

明日で、私がレーシック手術を受けてから、ちょうど3年目となります。明後日からは4年目へのカウントダウンが始まります。人生のマイルストーンを、「結婚して○年目!」「子供が産まれて○年目!」「お金持ちになってサラリーマン辞めて○年目!」ではなく、「レーシックしてから○年目」という枠組みでこれからずっと積み重ねていくのかと思うと、少し寂しいものがあります。ただ、もっと過酷な病を背負った方もいらっしゃるなか、これ以上悪くなることは無い(と信じたい)後遺症なのですから、日々淡々と身体と向き合うしかありません。

レーシックで後遺症や合併症を発症した事により、40歳にもなって初めて知ったのが、「視力が良い事」は決して「眼が楽で物が見えやすい事」とは同じではないということ。そして「眼」というのは肝臓や腎臓などの臓器とは多少異なり、その人個人の生活様式や仕事、生い立ちなどに完全にパーソナライズされた器官であること。民族、住む場所、気候、日照時間などによっても左右され、考えられないほど「物の見方」には個人差があるのです。

私が近視になったのは、小学生高学年からでした。母が強度近視だったので、多分遺伝の要素が多かったのではないかと思います。学校のランドルト環(Cというわっかの向きで視力を測る検査) 検査で近視が指摘され、人生で初めて眼鏡を作成しました。その後、どんどん視力は悪化し、高校に入学する頃にはすでに牛乳瓶底眼鏡。「女の子なのにその眼鏡じゃ、絶対にもてないし、お嫁にも行けない」という今は亡き母の固い意思で、高校からはハードコンタクトレンズを使用していました。

しかし私が育った時代は、携帯電話もパソコンもスマホも電子書籍も無く、お金持ちの子がファミコンを持っていたり、ポケベルがやっと登場したような状態。おまけに近所は林か森か畑ばかり。学校ではひたすら運動。多少、遠くが見えすぎる眼鏡やコンタクトであっても、その若さと、時代背景と、広大な自然で緩和されていたのでしょう。

 

光や色に対する感性は、国や住む場所によっても違いがあるように思います。

日照時間が少ないヨーロッパの北の人達は、青や薄い色の眼の人が多く、蛍光灯などの光を眩しいと感じるそうです。自宅へ招いてもらっても、日本人からすると薄暗い、ろうそくのような照明のなかに、太陽に照らされた雪を模したような銀色に近いスポットライトが部屋の一部を飾っていたりします。

アメリカ大陸の人達は、人種が様々なので眼もさまざまですが、オレンジ色の白熱灯のような光を好みます。日本のオフィスの、蛍光灯を多用した眩しい白い光では眼が痛くなるらしく、日本出張に来たアメリカ人からクレームが来たりします。部屋の照明は北欧より明るめですが、家庭では暖かい色の光を好み、シャープな銀色のスポットライトなどはあまり多様されないように思います。


私は37歳でレーシックをしましたが、レーシックをする前の私の矯正視力(眼鏡やコンタクトを使った状態での視力)は:
右目 0.7 (裸眼では 0.05)
左目 0.5 (裸眼では 0.04)
というかなり低矯正の視力でした。10年以上、IT関連の仕事をしていたこともあり、自分の身体が「低矯正の方が楽だ」というのを学習しており、また当時通っていた眼鏡屋さんの腕も良かったのだと思います。運転時だけコンタクトの上に追加で眼鏡をかけることを薦めてくれたのも、その眼鏡屋さんでした。もちろん、レーシック術前は眼の表面の痛みもドライアイも無く、多少肩こりがひどかった程度でした。

 

レーシック後、現在の視力は:
右目 1.5
左目 1.5
となっています。「遠くが見えるかどうか」という観点では非常に優秀な状態です。ただし、手元が裸眼ではほとんど見えなくなってしまい、複視も発生、明るい白い背景に浮かび上がる字を認識するのが困難です。そのうえ、眼精疲労や眼の表面の痛みで絶えず苦しんでいる状態。「視力は最高に良い」けれども、「仕事などで必要な近見の視力は無くなってしまい、物を見るのに大変苦労する眼」です。裸眼では鏡にうつった自分の顔が良くみえませんし、メガネをかけたまま化粧するのは至難の技です。

 

複数のセカンドオピニオンに通った際に、どの病院でも下記の点を指摘されました。

  • レーシック前はかなり低矯正の状態だったことを鑑みると、レーシックも低矯正で実施するべきだったのではないか?
  • もともと、レーシック手術には向いていない眼の状態、生活環境、仕事内容、そして年齢だったのではないか?
  • 眼の調節機能検査、眼位、両眼視の検査、数か月にわたっての眼の検査 (視力なはホルモンなどにより変動するため) などを、レーシック術前の検査内容で徹底的に実施する必要があったのではないか?(一部のクリニックではきちんと実施されていますが、一部のクリニックではこの事前検査が欠けている場合があります)

眼はひとつとして、同じ仕様のものは存在しないのかもしれません。全くばらばらの仕様のものに対して、全く均一のマニュアルにて 1.5という数値のみをゴールに手術をしてしまったが故に、標準値から何かが外れていた一部の人達には、重篤な後遺症が発生してしまったのかもしれません。その一部の人達のグループに、私は残念ながら参加し続けてしまっています。

もちろん、いつかは良くなる、きっと自分の身体が答えを導いてくれる、との希望を持って参加し続けていますが。