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くろねこの涙

レーシック難民になってからの記録

眼科手術不適応症候群と遺伝子検査 @ Level 3.2

手術から6年目

現時点での私の公式な疾患名は「両眼LASIK後術後不適応症候群」となっています。

2010年9月に手術をしてから今まで、それはそれはたくさんの病名がつきました。ドライアイ、マイボーム腺梗塞、角膜神経痛、外斜位羞明眼瞼痙攣、調節機能障害...などなど。あれから6年近くたち、レーシックの後遺症に関する情報が良い意味でも悪い意味でも浸透して両眼LASIK後術後不適応症候群」という曖昧なカテゴリが定着してしまったのかもしれません。

またレーシックだけではなく、視力自体に調整を行う白内障などで手術をうけた患者さんも、似たような「後術後不適応症候群」に悩まされているようです。

yomidr.yomiuri.co.jp

www.jmedj.co.jp

これらの「症候群」にカテゴライズされてしまった疾患の問題は、原因が分からない点です。「症候群」というあいまいなラベルをあえて付けることにより、医療を提供する側に対しも、あえて原因を特定したり、専門治療を提供する必要がないという逃げを与えてしまっているようにも思えます。

しかし、実際に後遺症を抱えてしまった患者本人は、「症候群」というあいまいなラベルがついたことによって新たな苦悩のスパイラルに陥ってしまいます。

 

なぜ多数の人が成功している手術なのに自分だけが苦しんでいるのだろう?

自分の何が悪いんだろう?

体質が悪いんだろうか?

遺伝子が悪いのだろうか?

眼以外で手術を受けた場合も、同じような後遺症が発生するのだろうか?

私だけ異常なのだろうか?

私の子孫もその遺伝子を受け取ってしまうのだろうか?

何が原因なのだろう?私だけ。

 

悩み始めると、きりがありません。後術後不適応症候群」の発症のメカニズムや発症リスクの高い個体の特定ができないのですから、今後、別の器官や臓器でも同じような問題が発生する可能性があることを否定できません。

 

私の場合は、その「原因が分からない」という恐怖が、医療不信につながってしまいました。お医者さんから処方された薬を飲むのが怖い。必要だと言われている手術も怖い。身体にメスをいれたら、この眼と似たような痛みや後遺症がその臓器に発生してしまうのかと思うと、本当に怖い。万が一、手術が必要な病気になっても、手術は断固拒否したい。怖い。継続する痛みは怖い。

 

「なぜ」自分だけが不適応症候群になってしまったのか。その解が無いという事自体が、徐々に人生を蝕んでいきます。答えが無いまま、宙ぶらりんの状態で長い間据え置かれてしまうと、次のアクションをとる勇気自体が無くなってしまいます。

 

とにかく原因が知りたい!

そんな時に臨時収入があったので遺伝子検査というのをやってみました。「なぜ」の答えが遺伝子にあるのではないかと。まぁ、半分お遊びのつもりでやってみた結果が下記のとおりです。

 

遺伝子検査により、発症する確率が高いとされた疾患

遺伝子検査により、私が発症するリスクが高いと統計学的にはじき出された病気のトップ一覧です。眼の疾患か癌が上位に来るかと思いきや...

 

もやもや病!!脳ですか!

フェイント。

 

癌家系なので、大腸がんとかがトップに来るかと覚悟いたので、何とも意外な結果でした。でも緑内障も1.56倍ですね。

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遺伝子検査による眼の傾向

肝心の眼に関連する遺伝子情報はというと、近視傾向にあるというだけでした。

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「眼の構造(角膜の曲率)」は、大きいほど近視になりやすいそうです。それ以外は特に目立った項目は無さそうです。

 

全く関連性は無さそうですが、「もやもや病発症の確立が高い遺伝子を持つ人がレーシックを受けたら、後遺症を発症しやすい」というような分かりやすいデータが出てくれると助かりますが、あと数年はかかりそうですね。

 

注意 : 遺伝子検査を勧める記事ではありません。あくまでお遊び程度でやってみました。ただし将来、私がもやもや病にかかって腎不全で苦しんでいたら、信ぴょう性がありそうですね。

記録の力 @Level 3.0

手術から6年目

砂を噛むような、デッドエンドの、前に大きな壁が立ちふさがっている、永遠に通勤電車に揺られているような、袋小路に迷い込んだ、倒しても倒しても敵が出てくるトンネルのような、ある日の朝に目覚めなければ本当は幸せなのかもしれない、そんな出口のない冬が続いていた。

治療はどん突き。

砂を噛むような、という形容詞がぴったりの日々。

 

個人的な話をしよう。

私の祖父母の話だ。

数年前に祖母が他界し、その後、祖父も100歳近くで他界した。

 

祖父母が亡くなった後、彼らが暮らした田舎の家を壊し、新しくマンションを建てることになった。彼らがゼロから築き上げた土地と家を、ただ壊すのはしのびないということで、祖父母が遺した品が子孫に形見分けされた。

 

広い田舎の家には...

その土地が、原爆で焼きつくされたその瞬間からの、すべての歴史が遺されていた。

 

孫にあたる私のところにも、大きな段ボールが数箱届けられた。祖父母の日記、祖父母が読んだ本、父が祖父母にあてた手紙、父の幼稚園時代の通信簿、父の絵、私が祖父母にあてた手紙、亡き母が祖父母にあてた手紙、父と母の写真、私の卒業証書と写真、永遠と続く亡き人々や忘れられた歴史。大量の資料。

 

まさか、これらの記録が私を助けるとは思いもしなかった。

 

痛みで辛い夜に、彼らの日記を1ページだけ読む。

そこには大きな字で「辛抱」と書いてある。「ただ焼け野原を歩いて、兄や姉の家を訪ねましたが、ただ土と灰でした。姉が病院に入院しておりました。しかし全身に黒い斑点が出て焼けただれ咽喉ははれあがって声は出ませんでした。姉は息絶えました。」

 

...私の祖父母は被爆者だ。

私は18歳のとき、彼らからすると「敵国」にあたる国へ移住した。そして、人生の大切な時期をすべてその国で過ごした。異国へと旅立つ私を見送った祖父母の複雑な心境や、その後の家族の歴史が、彼らの日記に、時には激しく、時には間接的に刻まれている。若かった私は、全く知らなかった。彼らがそんな葛藤のなか、私を送り出してくれたこと。あの笑顔の裏にあったもの。

 

...知らなかった、祖父母から、両親から、愛されて愛されまくっていたこと。

その記録は、砂を噛む明日を投げ出したくなった時、私の心の支えになってくれた。

私を愛してくれた人たちがいた事。いる事。

遺された記録。

 

ーー 私は今、集団訴訟という裁判のプロセスのなかに居る。

そこで毎回突き当たる壁が「記録」「過去の証拠」の重要性だ。18歳から移動を重ねる生活を続け、社会人になってからは、移動そのものが仕事になってしまった私だ。過去の記録を丁寧に遺すことを一切しなかった。移動のたびに過去のデータはすべて廃棄していた。

 

自分の過去を一切残さない生活を、COOLだと思っていた。

スーツケースひとつでどこへでも旅立てる生活、それが私なんだと思っていた。

 

今はそれを、ほんの少し後悔している。

記録は力、記録は証拠なんだと。

どうでもいい記録が、70年後に、誰かの明日を紡ぐことがあるかもしれないということを。

 

私は知らなかった。今まで。

絶望という名の希望とともに @ Level 2.5

手術から6年目

2016年。

レーシックをしてから、2016年の9月にて、ぴったり6年目を迎えることになります。眼の表面の激痛を発端とした、ありとあらゆる不具合を抱えてから6年。積極的に治療方法を見つけよう、病院を開拓しよう、という意欲は少しずつ削がれていきました。

代わりに「自分自身で自分の身体の感覚だけを頼りに、自分なりの緩和方法を、今まで試した薬や眼鏡処方を頼りに自力で見つけよう」という意思が芽生えたように思います。医学的には突拍子もない、眼科的にはタブーなことであっても、私の身体にとってはなぜか合う治療方法もあるのです。

 

現時点での私なりの状態を参考までに書き留めておきます。

 

眼鏡とコンタクト

  • 近用遠近プリズム眼鏡は、遮光(薄い茶色)を入れた下記の度数を継続的に使用。2012年から近用の度数はそれほど変化していません。ほとんど1日中、この眼鏡を使用しています。

RS+1.50 プリズムベースイン1.50D
LS+1.75 プリズムベースイン1.50D

  • 遠用眼鏡は最近作ったものなので、近視度数が入っています。どうしても遠くの視力が必要な出張時や、昼間に自転車の運転が必要な際に使っています。遮光はほとんど入っていないので、これは失敗?。遮光を入れるべきだったかも。

RS -0.25 プリズムベースイン1.50D
LS -0.25 プリズムベースイン1.50D

  • 眼の表面や奥の痛みがかなりひどい時には、右目に眼帯をすることで楽になります。完全に光と視力を遮断すると痛みが少し緩和されます。ただ、職場で眼帯をするわけにもいかないので、右目だけに +1.5のコンタクトをして、そのうえから近用プリズム眼鏡を使用しています。+5.0なども試しましたが、+1.5の遠視コンタクトの上に、近用遠近プリズム眼鏡をするのが、今のところ一番楽でした。ただ、痛みを緩和させる一番の方法は、右目を完全に眼帯で遮蔽することです。左目を遮蔽しても、あまり効果が無いのは本当に不思議。(ただ、この方法は眼科的にはタブー。目を遮蔽するのは悪影響があるかもしれません。)
  • 運動するときなどは、3時間ほどですがコンタクトを使用。+1.5を使っています。
  • とにかく光が大敵なので、眩しいと感じたら、サングラスを使用。眼鏡の上からオーバーサングラスを使用しています。職場ではサングラスはできないので、虹彩付コンタクトが試せないかなぁ、と悩み中。

 

 目薬

  • ジクアス点眼液 3% : 一日8回以上使用。一番使用している目薬で、一番眼の表面の痛みに効果があるような気がしています。
  • ムコスタ点眼液 2% : 毎日1回。涙腺が詰まったのはこいつのせいじゃないかなぁ、という懸念もあるため、毎日朝1回のみ使用しています。朝はとにかく眼がバリバリに乾いて痛いので。
  • ミドリンM 0.4% : 週に1-2回程度、寝る前。眼が痛くなりそうな予感がする時、寝る前に使用しています。眼の疲労が溜まる、水曜・木曜の夜に使用することが多いです。
  • サンピロ 2% : 頓服。劇的に痛みに効いたり、むしろ痛みが悪化したりと、効果にむらがあるため、月に1回程度しか使用していません。あまりに眼の表面が痛くて、眼帯でも痛みが治まらない時に、一か八かで使用する感じ。

 飲み薬

  •  レンドルミン 0.25mg  : 週に2-3回程度、寝る前に使用。眼の痛みで眠れない、眠れないと次の日の眼の痛みが悪化する、という悪循環があるため、平均で週に2回ほどは睡眠薬のお世話になってしまっています。海外出張時には、連用してしまっています。本当は辞めたいのですが、仕事を続けるためには仕方がないと割り切っています。
  • デパス 0.25mg : 頓服。眼の表面・奥の痛みがかなりひどく、かつ、痛みを抱えながら仕事をしなくてはならないときに、頓服で使用します。0.5mgの錠剤を半分に割り、痛みがひどいけれど仕事が休めない時に飲んでいます。時差を伴う出張時、過労時に使用するので、3か月に1回程度です。
  • セレネース 0.37mg : 年に1回くらいしか使用しない頓服。眼痛戦慄発作(くろねこ命名)が起きた時のみ使用しています。今のところ、眼痛戦慄発作(眼の表面から眼の奥や耳の鼓膜、顎関節までのたうちまわる程に痛み、震えや悪寒、吐き気を伴い、自分を撃ち殺してしまいそうなどうしようもない状態の事)は年に1-2回しか発生していません。未だに謎の症状だが、本当に起きてほしくない。
  • 漢方の、加味逍遥散 : 朝と晩に不定期に飲んでいますが、効いているのかなぁ。
  • ユンケルEC : こいつは番外編なのですが、1日1回寝る前にこのビタミン剤を飲むようになって、風邪をひかなくなりました!会社の上司が教えてくれたのですが、感謝です。

とまぁ、以上が私の現在の状態です。

術後1-2年目の頃と比べると、かなり痛みの状態は良くなっているように思います。ただ、痛み以外の症状や視力自体は悪化していて、日常生活への支障は格段に今の方がある状態です。「痛み」という角度だけで比較すると、5年半ほど前よりほんの少し今のほうが和らいでいます。

 

先日、

...国会にて、レーシック問題を(ほんの少しだけれど)取り上げていただけました。

 

21分57秒辺りから、レーシック問題が言及されています。規制緩和に関する注意勧告の例としてあげられています。ありがとうございました。

 

苦しみや痛みがいつか人生の灯になるよう、絶望が希望になることを祈って。

 

希望という名の絶望とともに @ Level 3.8

2015年、1日だけ、強烈に忘れられない日がある。

ちまたではスーパームーンと騒がれた、そう9月28日。手帳にはこう記してある

「サンピロでかなり楽になる。眼が楽だと夜の時間が有効に使える。健康な人ってこんなに楽なものなんだな...」

たまたま、医者から処方されたサンピロ2%を久しぶりに試した所、なぜかこの日は、劇的に効いた。レーシック前に戻ったかと錯覚するほど、眼の痛みがほとんど出なかった。嬉しかった。

 

嬉しすぎて嬉しすぎて、

仕事帰りにデパートによって、

靴を買ったり洋服を買ったりした。

痛みが無いことが、その幸せが凶器だった。

 

自宅に戻ってからは、溜まりにたまっていたプライベートな用事を済ませた。コンビニに行き、裁判に提出する「レーシック後遺症治療に使用した費用のレシート」を張り付けたノートを、ひたすらコピーする。1時間半、ひたすらノートをめくって、コピーした。

コンビニにたくさんの人がやってくる。いつもなら眼の痛みで、気にとめる余裕もない人達。カップルで手をつなぎながらアイスを選んだり、会社帰りに雑誌を立ち読みする男性。高いハイヒールを履いた女性が、一生懸命ヨーグルトの成分を見比べている。一瞬、強烈な「嫉妬」が湧き上がってきた。

...眼に痛みのない人は、毎日が、こんなに幸せなのか。多分、それぞれたくさんの痛みを抱えているかもしれないけれど、眼の痛みが無いという事は、こんなに幸せなのか、こんなにこんなに強烈に幸せなことなのか...

山のようにコピーを抱えて家路につき、空を見上げるとスーパームーンが東京の街を神秘的に照らす。知らなければ良かった。眼の痛みが無いという状態が、こんなに幸せだという事を、知らなければ良かった。知らないで居たなら、眼の痛みが無いであろう人に対して、こんなに「妬み」の気持ちを抱くことも無かっただろう。眼に痛みが無く、身体も元気でどこも痛くないのに「店員の対応が悪い」「やる気がでない」「あの人に嫌われた」「彼氏からメールが来ない」と悩んでいる人に、ほんまどーでもいいですよと心の中で毒づくこともなかっただろう。

 

その「たった1日だけ痛みがほとんど無い経験」をしたあと、一番信頼している主治医の先生から、とある遠くの病院の先生を紹介された。その先生はとても偉い先生で、もしかしたら私の痛みの原因を特定できるかもしれないと。

 

期待していないふりをしながら、本当は期待していたのかもしれない。

5年に1日だけであっても、調子の良い日があったのだから。

痛みの無い世界が忘れられない。

 

有給をとって、新幹線に乗り、前泊をして遠くの遠くの病院で診察をしてもらった。結局、診断結果は「私の眼の痛みの原因は分からない」というもの。右目のみ、レーシック後のフラップが少し炎症を起こしているということで、フルメトロン点眼液を山ほどもらってきた。たぶん、権威のある先生だったのだと思うが。私のデータが、いつかのちのレーシック後遺症治療の役にたつことを祈るばかりだ。

 

遠い場所から帰宅してしばらくして、何も手につかなくなった。

張りつめていた糸が切れたみたいに、身体が動かない。

痛みの無い世界が忘れられない。

希望のない世界が信じられない。

 

アルコール中毒だった人が断酒した後、

たった一口のアルコールを口にしたばかりに、

強烈にアルコールを渇望するかのように。

痛みの無い世界は、私にとってもはや麻薬だ。

 

私の眼は今、近視化している。

遠くも近くももう、はっきり見えない。

近視になれば痛みが治ると信じていた。

 

妬み、嫉妬、後悔、拒絶、怒り、不安、失明、恐怖、孤独、痛み。

どうしても人と比較してしまう自分の弱さ。

 

明るい場所が眩しすぎて

眼だけではなく

心までも

いじけてしまう自分の弱さ

 

その私の弱さに折り合いをつけるのが、2016年の目標だ。

2016年が、すべての人にとって素敵な年になりますように。

 

 

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遠くの病院で検査した、私の数値。完全に近視化しているのに、痛みが緩和されないし、近くの見え方も悪いままなのが不思議なところ。

 

注意:

私の場合、サンピロは効果に変動があり、痛みが楽になる日と、逆に痛みが悪化して吐き気などが出る場合もあります。この目薬は効果に安定性が無く、現時点では、リスクを承知の上での頓服として使用しています。また、連用すると、白内障になるなど重篤な副作用があるので注意。下記を参照してください。

レーシック後の点眼薬~近視手術の後遺症対策研究会

レーシック後遺症 集団訴訟 : 二次提訴が始まりました

後遺症の法的処置や訴え 手術から6年目

10月30日に、レーシック集団訴訟の二次提訴が始まりました。今回は、私を含めた患者さん9人が、東京地裁に集団提訴する形となり、Yahoo!ニュースなどのマスコミの方にも、下記のように取り上げていただきました。

news.yahoo.co.jp

news.livedoor.com

www.sanspo.com

ここまで来るには、本当にたくさんの方々の支えがありました。今までの歴史を、簡単に振り返ってみたいと思います。

 

1) 2007年 : 「レーシック難民を救う会」の基礎となるレーシック被害者会が出来上がってゆく。この会の基礎を作ってくれた会長さん、先輩の皆様ありがとうございます。

 

2) 2013年4月 : 前衆議院議員三谷英弘先生が国会でレーシックの後遺症について質問。

www.youtube.com

 

3) 2013年9月 : 三谷先生、医療問題弁護団の高梨先生をはじめとする、多くの先生方のお力のおかげで、レーシック手術に関する厚生労働省および消費者庁への申し入れに関する記者会見を実施

www.youtube.com

 

4) 2013年12月 : 申し入れを受け、消費者庁が広範囲の調査を実施。軽い後遺症を含めると、術後、4割の人が何らかの不具合を感じていることが調査で分かる。

www.youtube.com

注意喚起内容:

http://www.caa.go.jp/safety/pdf/131204kouhyou_1.pdf

 

5) 2014年12月 : 一次提訴として、後遺症を訴えた患者さん12人が集団訴訟を開始

www.youtube.com

 

 

私はレーシックという技術を否定していませんし、レーシック手術で恩恵を受けた人がほとんどだと思います。また、本音を言えば特定のクリニックを訴えるようなこともしたくありませんでした。

しかし、一定数の人が、今回訴えられたクリニックでレーシックを受けた後に、重篤な後遺症を抱えてしまったことは事実です。 2007 年の段階で、すでに決して少なくない数の人が、レーシック後の後遺症にすでに悩まされていました。私が手術を受けたのが 2010 年ですから、後遺症を発症している患者さんの存在と後遺症の現状を、3 年以上クリニック側は新規の患者に伝えず、手術の良い面のみを、商業主義で伝えていたともいえます。

もしクリニック側が、レーシック前の検査に時間をかけ、その人の職業や生活スタイルを鑑みて、レーシックを受けることが適切か、適切であればどのくらいの視力をターゲットに手術をすればよいのか、入念に検査をしていれば、私たちのような被害者が増えることは無かったと思います。

クーポン券に期限を設定することにより、手術が本当に必要かどうかを吟味する時間を患者に与えないのも、医療とはかけ離れた行為だと思っています。病院側が患者に対し、手術のリスクや後遺症発症の割合や状況などの情報を事前に正直に伝え、患者本人に手術の是非を考える時間を充分に与え、万が一後遺症が発生した場合は、その患者 のフォローアップを真摯に行っていたならば、レーシックはより安全な手術として、さらに浸透していたのではないでしょうか。

レーシック手術で被害が出ていることは、長い間都市伝説に近い状態にありました。私たちは「被害が出ていることを世間に知らせなければもっと被害が拡大して しまう」と考えたため、長い間地道に各行政や眼科学会などに訴え続けてきました。

この訴えが、当時衆議院議員だった三谷先生に届き、消費者庁の皆様の調査と注意喚起を経て、医療問題弁護団の先生方を通じ「集団訴訟」という形にまで発展することができました。今回の集団訴訟を全面的にサポートしてくださいました医療問題弁護団の先生方には、本当に心から感謝を申し上げます。

当日、先生方が、私達被害者のカルテや資料がたくさん入った重い段ボール箱を何箱も抱えて、私達のために法廷へ向かわれたこと、このシーンは一生忘れることがないと思います。そして、一緒に闘っている被害者の皆様、本当にありがとうございました。

裁判ですから、勝つか負けるか分かりません。

ただ、この問題に(運悪く)参加してしまった個人として、最後までこのレーシック後遺症問題を見届けていきたいなと思っています。

 

医療問題弁護団では、レーシック後遺症の相談を引き続き行っています:

03-5698-8544(医療問題弁護団事務局)までご連絡ください。

www.iryo-bengo.com

 

涙道閉塞症とレーシック (4) @ Level 3.5

また、前回からアップデートするのに、期間が空いてしまいました。仕事が忙しくて、自宅に戻った後にパソコンを見る余力が無かった、その一言に尽きます。

結論から言うと、涙道閉塞症の手術は見送りました。

レーシックの手術をしてからというもの、医療、果ては資本主義の根底みたいなものを信用できなくなってしまった私は...セカンドオピニオンどころか、サードオピニオンを求めてH眼科を訪ねました。

この病院には、過去に一度通院したことがあるのですが、あまり良い結果を得られずに玉砕。しかし、別件でH眼科から、眼の総合診断書を発行してもらう手続きが必要となり、その際に、この涙道閉塞みたいな症状も診てもらったのです。

 

診断は:

右目は確かに肉芽が出来ているが、手術が必要な大きさではない。左目の涙腺にはまったく問題が無いので、なぜ左目にも涙道閉塞のような症状が出ているのかが全く分からない。手術は延期した方が良いかもしれない...

 

悩むことにも疲れて、手術は一旦延期しました。もっと症状がひどくなったら、その時に考えれば良いという結果に落ち着きました。

 

帰り際に、H眼科の先生から言われた言葉が忘れられません。

「くろねこさんは、この眼の症状を "病気" だと思っていますよね?だから一生懸命、いろんな病院を開拓して、健康に気を使って、毎日毎日、いろいろ努力していますよね?くろねこさん、残念ながら、この眼の症状は "障がい" です。今の医学では治すことはできません。病気はいつか治るかもしれませんが...障がいは治りません。くろねこさんの身体には、レーシックが合わず、障がいが残ってしまったのです。残念ながら...今の医学ではその原因すら解明できていません。なので、くろねこさんはその眼とともに、新しい生活を構築しなくてはいけないんです。全く新しい、生き方を...酷ですが、探さないといけないんです...ある意味、障がいですから。」

 

...夏が夏である期間は短い。

梅雨があけて、真っ青な空に灼熱の太陽と、

何か楽しいことが起こるんじゃないかという予感と、

濃い緑に響き渡る蝉しぐれ

もしかしたら明日眼をさましたら、

あの頃の自分に戻っていて、

自分が受け入れられている場所へと続く

真っ青な青空へ続く

まっすぐな一本道を、

数十年後に訪れるであろう悲劇や人間不信や号泣やのた打ち回るような痛みや壮絶な別れの痛みや愛しいのに憎まなきゃいけないとか欲しいのに欲しくないふりをしないといけないとかブラックホールに飲み込まれるような不安や朝が夜なのか夜が朝なのか分からない日々や永遠に満員電車に揺られているように欲しいものも食べたいものもよく分からないけど引きつり笑いをして

そんなものを知らずに未来に期待しながら駆け抜けたあの日。

 

新しい人生って、生き方ってなんだろう?

 

...最近、知り合いのつながりで、とある政治家の先生の関係者に「レーシックの危険性と後遺症について」を陳述する機会に恵まれた。悪い事ばかりではない。声をあげつづけていれば、きっと気づいてくれる人も居る。旧みんなの党の三谷先生がそうだったように、そして、レーシックの危険性が少しは日本国内で広まったように。

 

涙道閉塞症とレーシック (3) @ Level 3.8

前回のChapter 2にて、「この状況で涙道の手術をして良いものなのか分からないのでアイデアをください」と公開質問をしたところ、いろいろご意見をいただきましたので、ここでちょっとまとめてみたいと思います。

 

[From Rennkonさん]

私の目の痛みには遠視性のものと眼筋から来るものがあるのですが、まだ自分の遠視度数がわからず、遠視の度数が足りていない眼鏡をしていたときは遠視性の痛みがひどく、このときは普段ドライアイ気味なのに目が疲れてくると涙が駄々漏れてそのとき勤めてた会社の人に引かれるくらいの事態になってました。

[くろねこの感想]

まったく同じ状況です。私の場合、現時点ではサイプレジン原液の検査でも、遠視は見受けられませんでした。ただし、それは「眼科的に言う遠視」であり、ずっと0.03辺りの強度近視の世界しか知らない私の身体にとっては、データ的には遠視が無い正常な1.5の視力であっても、身体的には「遠視に近い状態」だと仮説する眼科の先生もいらっしゃいました。

 

[From Dendenさん]

こんにちは。過去に少しコメントさせて頂いた者です。専門家ではないので自信はありませんが、「眼圧」が関係しているのかもしれません。「涙がポロポロ流れてくる」という現象は様々な要因があると思いますが、そのうちの一つに「眼圧が減少する」ということで起こるものもあるそうです。ネットでちょろっと調べてみますと、

 

メガネを外す

眼球に加わる目の眼筋、毛様筋の作用する力が減少する

 眼圧が減少する

 角膜への変形作用が働く

 角膜表面で収縮方向の力が働く

 角膜に痛みが発生する

涙ぼろぼろ


このようなことが書かれているサイトもありました。このサイトは視力回復訓練のためのサイトのようですので、レーシック難民の方の悩みとはまた違うような気がしますが、参考までに…。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/eye_erc/old/r02.htm

また、目で見たものは、脳にある松果体で処理され、脳に伝達されます。特に光や暗さに対して松果体が働き、自律神経が左右されるそうです。レーシック後に見え方が著しく変わったことによって自律神経が狂ってしまっていることも要因のひとつだと思います。

[くろねこの感想]

Dendenさんからいただいたキーワードで、とても気になるのが「眼圧」の部分です。いろいろな目薬を試しましたが、眼の奥が痛い、眩しい、という症状に一番効くのが、「サンピロ 2%」という目薬でした。この目薬は緑内障の患者さん用の薬で、眼圧を下げる作用があります。サンピロを使用すると、眩しさが軽減し、視力が低下することで眼の奥の痛みが楽になります。ただし、連用すると重篤な副作用が発生し、また視力が急に変化することでパソコンなどの近見作業が逆に辛くなる(眼鏡の度数と合わなくなるので眼精疲労が増す)ということもあり、最近はあまり使用していませんでした。ただ、この「サンピロ」を使用すると、涙流の症状も和らぐので「眼圧」がもしかしたら関連しているのかも?

 

[From 医療関係者さん]

ドライアイは酷くなると角膜に傷が付き痛みで涙が出ます。反射性分泌量が増えます。ドライアイとは涙の基礎分泌量が減ることをいいます。ドライアイが治っているなら朝眼が乾いたりしないと思います。解決になっていませんが影ながら応援しています

[くろねこの感想]

応援ありがとうございます!なるほど、行きつけの眼科やセカンドオピニオンで尋ねた眼科ではシルマー検査により「ドライアイは治っていて正常範囲内だ」と言われているのですが、朝に眼が乾いているのはドライアイが完治していない可能性があるということなのですね。確かに、レーシックをしてしまうと、涙の量ではなく、質が変化してしまい、眼に問題が発生するというのは何度か言われたことがあります。

 

[From 染井さん]

参考にならないと思いますが自分の状態です。

>寝ているときには常軌を逸したドライアイで、枕元にサンティア目薬を置いて4時間ごとに涙を補給しないといけません。涙道が閉塞しているのなら、夜間も潤うのでは?これはなぜ?

自分も夜間睡眠時の眼の乾きはレーシック後からずっとあります。昼間の乾きはそれほど自覚しません。目薬を指して寝ても変わらずです。

>起床時には瞼が目やにで乾燥して張り付いていて、手で剥がして眼を開けています。これはなぜ?

術後2週間くらいまでなら自覚はしてましたが、それ以降はあまりない症状です。

>プリズム眼鏡をかけると眼の痛みは楽になりますが、涙があふれます。逆に裸眼だと、どの時間帯でも涙目にならないのです。これはなぜ?(ただし、裸眼では近くが見えず、眼の痛みが悪化して生活できません)

似ている状況です。プリズム眼鏡中に眼の表面の痛みは自覚しにくいです。(眼の奥や眼筋は痛みます。)裸眼だと乾燥とも違った眼の表面の痛みが出ます。(目薬効果なし)ただ涙に関してはそれほど変化はありません。

[くろねこの感想]

染井さん、ありがとうございます!同じ難民として、染井さんのブログはいつも参考にさせていただいています。染井さんと私に共通しているのは「プリズム眼鏡で少し楽になる」という部分ですね。他の難民の方も、レーシック後の斜位・斜視の問題をほぼ全員訴えていますね。急に視力が人工的に良くなった事と、斜位・斜視の発生のメカニズムを、専門家の方が証明してくれると良いのですが...

私も、ド近眼のときは全く複視などは無く、「複視」という言葉すら知りませんでした。今では、エレベーターの「開」と「閉」の字が複視によって判別できなかったり、9と6と3と8が判別できずに電話番号を間違えたりと、日常生活に支障ありまくりです...。私の方こそ、染井さんにいつも元気づけられています。

 

[From Remiさん]

こんにちは。いろいろとお調べになっているようなので、こんな意見は無用かもしれませんが書かせていただきます・・。涙は涙腺から瞬きによって目の表面に行きわたり涙道から排出されます。なので、瞬きをしない就寝中は目が乾きます。程度は違いますが誰でも朝は目が乾いています。なので涙道が閉塞していても涙が分泌されていないので目が乾くのではないでしょうか?
また、目やにはマイボーム腺から出る脂で、クロネコさんの涙は水分と脂分のバランスが悪いとかは考えられませんか?あと、クロネコさんがおいくつかわかりませんが、私は45歳を過ぎた頃から夕方以降に目の渇きを感じるようになりました。22時以降になると渇きがひどくなります。自己分析ですが、夜は交感神経が衰えるので涙の分泌が減るのかな、と思っています(感情の涙は副交感神経、常時分泌は交感神経の作用)。私の場合は潤いの減る年齢でもあるし・・。ようするに、クロネコさんの涙の症状は涙の質と自律神経の影響・・ということは考えられませんか?
既にたくさんの検査をされているようなので、今更な答えだったらすみません・・。

[くろねこの感想]

Remiさん、ありがとうございました。私は40歳半ばの年齢ですので、年齢による問題もあると思います。レーシック手術をした後に、涙の質が悪くなるというのは、複数の眼科の先生から伺ったことがあります。そのため、涙の質を改善する「ジクアス」という目薬をほぼ5年に渡って連用していますが、根本的な解決にはなっていないのかもしれませんね。水分と脂分のバランスは確かに乱れていると思います。自律神経ってどうしたら少しでも正常に戻せるのか...。

 

[From Ryoukoさん]

空気が乾燥している時に涙目になりませんか?エアコンは大丈夫ですか?紫外線はいかがですか?私はこんな時に涙目になり目尻が赤くただれます。恥ずかしいですよね。ドライアイだと思います。涙の質の低下もあると思います。女性ホルモンが低下すると涙の質も量も減ります。レーシックをしたら深い傷もできるのですから尚更です。私もレーシックの後遺症、辛いです。7年経った今も治りません。少しづつは良くはなってきていますが、良くなってきてるというのではなく慣れてきたと言ったほうが正解です。

[くろねこの感想]

Ryoukoさん、ありがとうございます。乾燥している冬は確かに辛いです。湿気が多い梅雨時期の今の方が楽ですね。あと、私の場合は眩しさで涙がぼろぼろ出る事が多く、雨の日の太陽ですら、かなり辛い状況です。色付の遮光レンズの眼鏡を使用していますが、見た目にはかなり目立ってしまいますが、レンズの色の濃さを増やそうかと悩んでいます。先輩からのアドバイス、感謝です。

 

[From Twitterさん]

医師に何人か聞くと、寝ている間はドライアイになりやすく、眼が少し開いている可能性もあるかもしれません。

[くろねこの感想]

Twitter経由でいただいたので、名前は伏せています。寝ている間はドライアイになりやすいのですね!私は寝る前に、顎関節症のためナイトガード着用→ヒアレイン目薬→眼軟膏→目元エステでマッサージという一連の作業をしているのですが、確かに寝ている間の状態は分からないですね。こんな時に独り暮らしなのが、いとかなし(涙。眼、半開きなのかなぁ。

 

...いろいろアドバイスいただきまして、本当にありがとうございました。結局、手術をするのかしないのかという判断は、まだできずに居ます。正直、眼にこれ以上、外科的な処置をするのが怖くなってきています。今、このブログを書いているのは、ほぼ深夜なのですが、眼の表面は乾ききってヒリヒリしており、モニターの隣にサンティアを常備して、何度も眼に注入している状況です。この時間になると、涙流症どころか、砂漠のように眼が乾いています。朝になると一転し、涙がぼろぼろこぼれるので、手術に対するやる気?みたいなのがどんどん失せています。

 

うーん、結局この連載みたいなのは、「手術こわいからやーめた」で終わりそうな予感満載。最後に一応、締めみたいなのを書こうかな。ということで、次に続く、かもしれないです。誰かの助けになれば。それで幸せです。