くろねこの涙

レーシック難民になってからの記録

レーシック後の眼痛、角膜神経痛のアメリカの症例続報 @ Level 4.0

前回の、The New York Timesの記事を翻訳紹介したブログにて、腹部に「麻酔薬を常時脊柱内に注入するポンプ」をインプラントすることで、レーシック後の眼の痛みを緩和させた女性を取り上げました。

彼女の治療に関するニュースが、アメリカのオハイオ州クリーブランドのテレビ局で取り上げられましたので、ここで、くろねこの非常に勝手な日本語適当訳とともに紹介させていただきます。

 

試験的治療が、レーシック後遺症を治癒するかもしれない

www.wkyc.com

ニュース本体は英語のものなので、勝手にくろねこが日本語に訳してみました。多分間違っている部分もありますので、参考までにしてください。

 

勝手日本語訳 by Kuroneko the Black Cat:

(sorry if my Japanese translation is misleading :)

 

男性アナウンサー:
それでは、メディカル関連のニュースをお知らせします。
およそ1000万人のアメリカ人が、視力を良くするためにレーシック手術を受けています。確かに視力は良くなるかもしれませんが、安全性に関する認識の誤解があることが分かってきました。シニア・レポーターのモニカ・ロビンさんが、レーシック後の後遺症によって数年苦しみ、結果としてオハイオ州のユニバーシティ・ホスピタルにて試験的治療を頼ることになってしまった女性の取材を行いました。

 

モニカ記者:
Katie (ケイティ) さんは、単に眼鏡やコンタクトで煩わされることが無くなるという理由で、2006年にレーシック手術をうけました。確かの彼女の視力は良くなりましたが、予測していない恐ろしいことが発生してしまいました。

 

ケイティさん:
レーシック手術の直後から、眼に激しい痛みが発生しました。最初は、それはドライアイだと言われていて、時間とともに治っていくと言われました。

 

モニカ記者:
しかし、その痛みは逆に悪化していきました。

 

ケイティさん:
ナイフが24時間刺さっているような痛みです。

 

モニカ記者:
ケイティさんは角膜神経痛を発症していると言われました。レーシック手術による神経の損傷です。レーシックにより角膜神経を切断することによって発症する後遺症ですが、この症状が発症する患者さんは非常に少なく、また時間とともに治癒していく場合が多いのですが、ケイティさんのように持続的に痛みが残ってしまう場合があります。

 

ケイティさん:
もう8年、私はこの痛みに苦しんでいて、何もできませんでした。

 

モニカ記者:
彼女は、数えきれないほどの医療機関にかかりました。しかし、どの目薬も治療も効きません。何年も苦しみ続けた彼女は、もう頑張ることを放棄したくなってしまいました。

 

ケイティさん:
もうこんな風に生き続けていくのは限界だと思いました。私は自分の命を絶つ寸前の状態でした。

 

モニカ記者:
そこで彼女は、疼痛治療の専門家であるセリーン・ハイアック医師を訪ねました。彼は、重度の腰痛などに苦しむ患者さんに対し、Pain Pump (痛み止めのポンプ) を [腹部に] インプラントしています。しかし、ケイティさんのように眼の痛みに苦しむ患者さんにインプラントを行った経験はありませんでした。違いは、痛み止めの薬を注入するカテーテルを、脊椎のどの位置に配置するかです。

 

ハイアック医師 :
このように、脊柱の上部に薬が届くようにします。

 

モニカ記者:
現在では、University Hospitalがこのように顔の神経の痛みに苦しむ患者さんに効果のある治療法を提供している唯一の機関です。

 

ハイアック医師 :
公開された彼女の症例報告を見て、世界中から問い合わせがあります。

 

モニカ記者:
なぜなら、顔や眼の神経による激しい痛みを発症している患者さんにとって、これ以外の治療法が今のところ無いからです。

 

ケイティさん:
この治療で本当に救われました。やっと自分の人生を取り戻したような気がしていて、この治療に感謝しています。

 

モニカ記者:
ケーススタディにより、やはりレーシックを受ける前にきちんと後遺症の説明を受けることが重要なのが分かりましたね。ケイティさんのケースはそれを裏付けるものだと思います。

 

男性アナウンサー:
ケイティさんの痛みは完全に無くなったのですか?

 

モニカ記者:
いいえ。100%ではなく、75%程度良くなったと彼女は言っています。しかし、彼女本人にとっては本当に大きな改善でした。現在の彼女は、強い匂い、ほこり、風、煙などにさらされると、眼の痛みが急激に悪化してしまいます。しかし、激痛が発生した時には、手元のリモート端末から、痛み止めの注入を自分でクリックする事で、薬の注入を自ら行うことができ、痛みをしのいでいます。

 

男性アナウンサー:
レーシックは100%安全で問題がない手術だというのは、やはり誤解だったということですね。

 

モニカ記者:
ケイティさんのケースでは、確かにレーシックは視力を良くしましたけれど、ドライアイなどの後遺症による痛みが想定を超える場合もあるようですね。ケイティさんの場合は、本当にひどい状況になってしまいました。

 

...私は、レーシック直後から、とにかくとにかく、眼の表面の痛み・眼の奥の痛みに苦しんでいます。ケイティさんとまったく同じパターンです。この苦しみから逃れることができるなら、死んでも良い位です(かなり矛盾していますが)。

 

私がレーシック直後、痛みにのたうち回ってゲロを噴射していた頃、日本でもアメリカでも「角膜神経痛」という病名はなかば都市伝説のような存在でした。それが今、アメリカでも公に報道されるほど、公な問題になりつつあります。残念ながら、私は今でも眼の痛みでゲロを噴射して、会社でお荷物扱い、かも....

 

もはや健常者ではありません。

 

お腹に、痛み止めを常時脊椎に注入するデバイスを埋め込むリスクをおってまで、レーシックを受けたいですか?

The New York Timesのレーシック後の眼痛の記事翻訳 @Level 4.5

ここ数ヶ月の間に、アメリカやシンガポールなど、海外においても立て続けにレーシックの後遺症に関する記事が発表されています。

今回は、眼の角膜神経痛に関して最新の情報が載っているニューヨーク・タイムズの記事の一部を訳してみました。ニューヨーク・タイムズ誌は日本の五大紙と同じ様な位置づけで、全米では、中立的な記事を書く新聞として人気が高い新聞となります。この新聞に載るというのは、確固たる証拠と取材に裏付けられた記事だということが伺えます。

下記の記事は、レーシック後に起こる後遺症に関して、かなり詳細に書かれたものですので、本来は全記事を翻訳したいところですが、眼に余力が無いもので、私が一番苦しんでいる、眼の疼痛 - 角膜の痛みについての部分のみ抜粋しました。まず、プロでも何でも無い私の適当な翻訳であることを断っておきます。あくまで参考程度にしてくださいね。

 

Dry Eyes or Eye Pain? [ドライアイ、あるいは眼痛?]

レーシック後に発生するドライアイの議論に関して、FDA臨床試験はあまり重要な助けになっていません。多くの患者さんは、"ドライアイ" という名称自体が誤っており、レーシックを受けた後に、長期に渡って発症する激しい眼の痛みを正しく表現していないと言います。

 

2016年にレーシックを受けた、バージニア州リッチモンド在住のSarah Clairさん (26歳) は言います。
「あなたの症状はドライアイです、と言われたとき、それはたいしたことが無いように聞こえるでしょう。」しかし、彼女のドライアイの症状は、当初約束されたように治ることはなく、術後1年後には激痛に変化しました。それはSarahさんに言わせると「誰かが私の顔面を殴ったような」痛みに、激化していったのです。

 

一部の患者さんにとっては、人工涙液や、医師に処方された目薬でしのぐことができる程度の痛みであっても、それ以外の患者さんにとっては、痛みを和らげるために治療を求めてアメリカ全土をかけずりまわる事になるほどの激痛となります。その痛みは、患者さんの言葉でいうと、眼に針やナイフが突き刺さったような痛みで、痛みの緩和には薬が必要となります。

 

クリーブランドの幼稚園の先生であるKatie Endersさん (35歳)は、2006年にレーシックを受け、「眼を紙で切られたような」激痛が残りました。彼女はたくさんの病院を周り、たくさんの鎮痛剤を試しましたが、現在では、腹部に “麻酔薬を常時脊柱内に注入するポンプ” をインプラントすることによって、痛みを和らげています。

 

多くのレーシック外科医は、術後に患者さんに対して長期に発生する激しい痛みには懐疑的か、かなり稀な症状であると言います。しかし、痛みを研究している眼科医は、最近ではそれらの見解は変化しており、多くの手術と同じ様に、レーシックでも、神経疼痛あるいは神経のダメージによって痛みが発生することがある、という考え方に変化してきていると言います。


他の眼の手術、例えば白内障手術でも同じことが発生する場合があるのです。

 

「神経組織を切断するすべての手術において、それは神経にダメージを与えます。それは乳房の手術であっても、眼の手術であっても同じことです。」マイアミ大学のBascom Palmer Eye Instituteの臨床眼科助教授であるAnat Galor医師は言います。

 

「人間には、感覚神経が身体のいたるところにありますが、眼の角膜は身体のなかでも最も神経が支配している器官だと言えます。そのため、神経のダメージに対して、かなり敏感なのです。」

 

彼女のレビュー論文によると、レーシックを受けた人の20%から55%に長期に渡るドライアイが発生しており、長期の定義は術後6ヶ月以上となっています。

 

Galor医師は神経性疼痛になる人の発生率はまだわかっていないと言いますが、Vukich医師は「とても稀な症状だ」としています。

 

タフツメディカルセンター - ニューイングランドアイセンターの臨床研究のディレクターであるPedram Hamrah医師は、眼の神経疼痛の研究を行っており、レーシックで後遺症を発症する可能性が高い患者さんを事前に検出できるよう調査を行っています。

 

その調査によるとリスクの高い人は、「大きな瞳孔の人、薄い角膜の人、角膜の形状が一般的ではない人、角膜に問題のある人や傷のある人、乱視が強い人、強いドライアイの人。また痛みに対して敏感な人で、例えば神経障害を抱えている人や神経疼痛疾患をもつ人、頭痛持ちの人、鬱または不安障害を持っている人」となります。

www.nytimes.com

 

この記事を訳していて思い出したのが、私がレーシックを受けてから、唯一人工的に痛みが劇的に和らいだのは、大腸癌ポリープ検査のために軽い全身麻酔の投与を行った時だったという事です。「眼や身体って、こんなに楽だったのかぁ...」とずっと麻酔を投与してもらいたかった位でした。

この記事にあるように、腹部に痛み止めのインプラントを入れて、常時麻酔を注入する方法があるというのは、(多分、最終手段にはなるかと思いますが) 頭の片隅にいれておきたいと思います。

 

なお、記事の全文に関しては、レンコンさんのブログにも

lasikganni.hatenablog.com

書かれていますので、参照してください。

 

 

... .... まず、西日本豪雨の被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。何もできない私ですが、辛い目に遭われた方には、本当に肩を抱いて寄り添っていてあげたい気持ちでいっぱいです。

 

私の方は、5月中旬から眼の痛みが悪化してしまい、会社のトイレで痛みで吐きまくったり、会社の非常階段で寝転んで痛みに耐えたりと、なぜか以前よりも症状が悪化してしまいました。

もうダメかなぁ、と非常階段の地べたに絶望的に転がりながら脳裏に浮かぶのは、一緒に戦っている被害者の皆様、私達をどん底から救ってくださった医療問題弁護団のたくさんの先生方自民党三谷英弘先生の顔です。

私が裁判という公の場にこぎつけることができたのも、レーシック被害を都市伝説ではなく、生身の人間に発生している被害だという認識を日本に広めることができたのも、皆様のおかげなのだなぁと。

最終的に、お腹に麻酔のインプラントを入れないと痛みで気が狂う日が来たとしても、私はレーシックの危険性を伝え続けないといけないと思っています。

 

そして最後に、私に間接的に "クーポン券という形でものすごくものすごく遠回りにレーシックを勧めることになってしまった"、私の父。

いつも「裁判もレーシックの被害のことも頑張れよ」と、言葉は少ないですが私を心から支えてくれていることに、猛烈に感謝しています。

 

ありがとう。

進化とはわからないほどにゆっくりと @ Level 3.5

レーシック術後の強度ドライアイや眼精疲労の後遺症に関し訴訟をしていたグループが、3月22日に、勝利的和解を勝ち取りました。原告の皆様は重い後遺症を抱え、そのうえ裁判の準備など苦労がたえなかったと思います。

本当にお疲れ様でした。

 

皆様のお陰で、まだ裁判中である私達も勇気をいただくことができました。

www.bengo4.com

 

 

... ... 私の眼は見えづらくなってきている。

私の場合、後遺症がレーシック後の眼の表面と奥の痛みが主な症状なので、見え方に関してはぶっきらぼうな言い方をすると「二の次」。とにかく痛みが治れば人生は改善すると思っていたし、今も思っている。しかし、レーシックをしてからほぼ8年がたち、痛みは確かに少し和らいできたが、痛みの谷間の瞬間、劇的に視界が悪くなっている事に気づく。

 

会社で8と6や3と8の数字を間違えて迷惑をかける、エレベーターの閉と開の漢字が読めなくて目的とは別のボタンを押し続けている、というのは序の口で、今では、電車の行き先を示す電光掲示板の文字が光りまくって読めず、もう自分で確認することを諦め、音声案内に頼ったり、知らない場所では駅員さんに最初から聞くことにしている。デパートなどで洋服を選ぶことは遠い昔に諦めた。もっぱらオンラインの通販に頼りきり。

見え方の問題であれば眼鏡を調整すれば良い、と思うかもしれないが、それがどうも簡単ではない。日によって眼位 (眼のずれ) が異なり、羞明 (眩しさで痛みが悪化する) がひどい、眼の調節機能もほぼ無いので、結局、仕事を優先してパソコンが見えやすい眼鏡に頼るしかなくなってしまう。遠方視力を出す眼鏡を使用すると、30分程度で激しい眼の痛みに襲われる。

 

まぁこんな暮らしを数年続けていたら、不思議なことに気がついた。

見ることを諦めた代わりに、他の感覚が少しずつ向上してきたのだ。臭いや匂い、雰囲気、勘、触覚、音、流れみたいなものだろうか、それをキャッチする脳のシナプスが不思議な関わりを持つようになった。

 

先月、レーシック後初めて映画館へ足を運んだ。

案の定、開始から30分もたたない時点で眼が痛くなり始め、画面を追うのが難しくなってきた。少し眼を閉じたりしながら画面を追うのをあきらめ、

ただ映画の雰囲気や音声や色に感覚を合わせていた... ... ...

すると視覚以外のところで、映画に焦点があったのだ。この「水の形」はこの「気持ち」を現していたのだとか、特定の音楽や色が意味するものとか、それを触覚のようなもので理解することができ、とあるイメージが別の個人的な記憶や音楽などと瞬時につながり、何か自分でも少し自分の身体の変化に驚いた。

 

人はひとつの能力が衰えると、

それを別の能力や感覚が補うのだと。

ただし、

痛みはそれを瞬時に奪い去る。

 

 

さて、GWに入り「交流会は、今年はやらないのですかぁ」というお問い合わせを何件かいただきました。本当にすみません。仕事が忙しすぎたり体調を崩したりと、気がついたらもう4月になってしまっていて、交流会の企画をする余裕がありませんでした。

他の被害者会のメンバーさんと日程を調整しながら、また交流会を企画しますので、ゆっくりとお待ちいただければ幸いです。


固まった砂糖を簡単な方法でサラサラにするように @Level 3.0

Happy New Year & 明けましておめでとうございます。

すべてのレーシック難民、そして様々な病気を抱えた方にとって、少しでも痛みなどの症状が快方に向かい、次の日朝起きるのが楽しみになるような、そんな毎日が迎えられますように。

 

ひとつだけ良い報告をしよう。

レーシックを受けてから8年程たち、眼の見え方は劇的に悪くなった (遠くも近くも裸眼では見えなくなった) が、眼の痛みは楽になった。術後の痛みを100とした場合、現在の痛みは、日によってかなり変動があるが40から60位のふり幅で落ち着いている。目薬や頓服は使用し続けているため、薬のコントロールが上手くできているのかもしれない。ただ、のたうち回って救急車を呼ぼうかとスマホを握りしめるような痛み、からはほぼ開放された。

 

痛みは暴力だ。

この8年、この眼痛と闘い続けて心からそう思う。痛みは突然日常の一コマに侵入し、身体と心を破壊する。今まで優しかったパートナーから、笑顔でいきなり拳骨で殴られるように、それは不可解で、逃げる隙さえ与えない。殴られ続けている時に、目の前に倒れている人を助けられないように、自分の身なりや将来の夢、銀行口座の残高などを考えることなど不可能なように、痛みは人から人間の魂や尊厳を一瞬で奪いつくしてゆく。

 

そして人は暴力に慣れてゆく。

痛みという暴力を飼いならす術を、身に着ける。DVの被害者が、パートナーの拳骨がいつとんでくるか、どのような場面で機嫌が悪くなるかを段々雰囲気で読めるようになるように...痛みの刃がとんでくる状況・時間・体調を段々予測できるようになる。ちょっとした予兆 --- 風が強い、太陽が低い、車での移動が多かった、塩分の多い食事をとった、会議が多かった --- を無意識のレベルで感知し、事前に痛みの薬を飲んだり、仕事を抑えたりする術を身に着ける。よって、生活の幅はどんどんと狭くなる。光のささない道で出勤、太陽の入らない側で電車のつり革を持ち、締め付ける服や冷えるスカートは避け、人の少ない裏通りを選び、仕事の後に余計な予定を一切入れず、野菜を多く食べ、必ず11時までにはベッドに入る。

まるで入院患者のような毎日。それが、痛みを飼いならすという事だ。

 

 

 

そして心は荒んでしまった。

 

 

 

2017年。

たまたま突拍子もない機会があり、世界で一番入国が難しいと言われる国を訪れた。最初は躊躇していたが、旅行好きとしてはこの機会を逃すこともできず、片道20時間以上かけてその国を訪ねた。観光地めぐり、スポーツ観戦、映画、ミュージカル、美術館、パーティー --- それは眼を壊してからの私にとっては、「行ってもあまり意味のない」行動だったわけで。

しかしその国で、私はそれらの思い込みを覆すことになる。

眼が不自由でも、楽しめる。その場に居るだけで、感じることができる。「体験」とは良く言ったもので、眼で見て理解して楽しむ代わりに、身体全体で経験して感じて受けて楽しむことが出来るのだ。

障がい者に多分世界で一番優しく、そして女性の入国が世界一厳しい国。そこで出逢ったすべての人に感謝する。

 

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海の向こうはエジプトとかスーダン

 

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これで訪問国が分かるはず?

 

※本当にこの国の方は優しかったです... 車椅子の方と一緒に訪問したのですが、全く見知らぬ人がいろいろな場面で手を差し伸べてくれ、本当に感謝しています。これは実際に行かないと分からないことですね。

 

2018年も引き続きよろしくお願いいたします。

 

P.S.

なんで今回のブログがこんなタイトルなのかというと、冷蔵庫で岩石のように固まったままの砂糖をどうにかできないかと調べていたら、思いもよらない方法で、1日にしてサラサラにすることができたので、心の荒みもこんな感じなのかなと。ちなみに解決方法は、砂糖に水を少し振りかけて冷蔵庫で1日寝かすだけ。でした。

 

交流会に参加いただき、本当にありがとうございました @ Level 3.5

11月4日に行われた「レーシックなどの視力矯正手術後に何らかの後遺症・合併症を発症してしまった方を対象とした交流会」には、本当にたくさんの方に参加いただきました。連休中に東京の会場に足を運んでくださった皆様、ありがとうございました。

また、幹事としていつも助けていただいているスタッフの方、本当に彼女の助け無しでは、交流会は実現できなかったと思っています。感謝です。

 

今回は参加された皆様が、できるだけ自由に情報交換が出来るよう、レンタルスペースにて開催させていただきました。食べ物や飲み物は持ち込みだったので、ご不便なこともあったかとは思いますが、レストランの固定席で参加するよりも、自由に動き回って同じ症状を抱えた人や、話をしたい人と情報交流をすることができたので、しばらくこのスタイルを続けてもいいかなぁと思っています。

また、次は来年の初夏辺りに行いたいなと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 

... ... もうレーシック難民を7年もやっているのですが、毎回交流会に出るたびに、皆様が本当に勉強熱心なのに感心します。医者よりもレーシック後のカルテを細かく分析できる人、慢性疼痛の発生メカニズムについて勉強している人、眼鏡の検眼セットを自腹で購入し自分に合った眼鏡の度数を見つけられるようになった人など、下手すると、この集まりは、そこいらの眼科医よりもレベルが高い?かもしれません。

私は全然勉強熱心ではなく (勉強嫌いだし...屈折率の計算できないし...)、最近では治療もあきらめ気味だったのですが、また一歩前にすすむエネルギーを皆様からいただきました。私の場合は、痛みのコントロールについて、ちょっと真面目に勉強してみたいなと。

 

また、来年の初夏頃の連休にお会いしましょう!

 

そして、三谷先生当選おめでとうございました :)

11月4日 (土) の交流会の詳細と、選挙についてちょびっと @Level 4.0

前回お知らせした、レーシックなどの視力矯正手術後に何らかの後遺症・合併症を発症してしまった方を対象とした交流会の詳細をアップデートさせていただきます。

まだ参加の受付をしていますので、ぜひご連絡くださいね。また、「体調次第での参加」という、ゆるりとした参加も大歓迎です。

ご連絡をいただいた後、こちらから少し確認をさせていただいた後、場所をご連絡させていただきます。

 

交流会の詳細:
日時:平成29年11月4日 (土)
時間:12:10~17:00前まで - 会場は出入り自由です
場所:JR山手線の某駅から徒歩5分以内
参加費 : 1000円から1500円程度
注意 : 
  • 今回はレンタルスペースのみを借りますので、食事と飲みものは各自持参でお願いいたします。
  • ゴミの持ち帰りは必要ありません。会場のゴミ袋へお願いいたします。
 
二次会:
日時:平成29年11月4日 (土)
時間:17:30から
参加費 : 各自食費は割り勘となります
 
お願い : 
二次会は17:30以降、居酒屋での開催を予定しています。二次会に参加希望 (あるいは二次会だけの参加)の場合は、人数の把握のために「二次会参加」と明記をお願いいたします。
 
締め切り:
10月27日まで
 
問い合わせ先 :
くろねこ
 
 
... ... レーシックが日本の厚生省から認可されたのが2000年。もう17年近く前のことになります。眼鏡もコンタクトもいらなくなる夢の様な手術ということで、2008年頃にピークを迎え、年間45万人以上もの人がレーシックを気軽に受けていました。
 
その裏で、長いこと無かったことにされていたのが、この安心・安全である手術により、日常生活が壊れるほどの後遺症を背負ってしまった「レーシック難民」の存在。
今でこそ、Googleでレーシックと検索すると、レーシックの注意喚起などの記事がトップに表示されるようになりましたが、当時は、美容系クリニックなどが大金をぶち込むSEO (検索エンジン最適化) により、被害状況はまったく検索結果に表示されない状況でした。
 
そう、社会から "無かったこと" にされたのがレーシック被害だったのです。
 
この状況を一気に打開したのが、政治家であり弁護士の、みたに英弘先生。国家で取り上げてくださり、そして一緒に被害状況を消費者庁厚生労働省に提出、記者会見を実施。消費者庁は、独自の調査に基づいて、レーシックに対する注意喚起を発表しました。
 
また医療問題弁護団の弁護士団にもつないでいただき、一部のメンバーは集団提訴にまで進むことができました。

私や、多くのレーシック被害者にとって、先生は恩人です。

 

私が三谷先生を尊敬する理由。

どんな立場の人、どんな状況の人、どんな主張をする人に対しても、偏見を持たずに耳を傾けてくれる事。途中で話を遮らず、まっすぐに相手の目を見て心を感じ、相手を全身で理解したうえで、その個人やチームにとって適切な、それこそ「政策」を指し示してくれること。

出来ないことははっきりと出来ないと言ってくれること。そのうえで、代替え案を一緒に考えてくれること。

そして人柄。自分の芯をしっかり保ち、嘘をつかずまっすぐ…こんなに優しく暖かい人が政治の世界に居ることにむしろ驚いたほどです。

 

mitani-h.net

先生のお陰で

もう一度、

この街・この日本・この社会・この世界とつながり直し、

この障がいや痛みを抱えながらも、

目の前のことをひとつずつ

明るく楽しみながら

それでも生きていこう

知らない事を一つ体験していこう

そんな希望が灯りました。

生きるというこの今一瞬の行為が、

こんなにも神聖で

愛おしいのだと

気づかせていただきました。

 

応援しています!

交流会のお知らせ : レーシック難民を救う会では11月4日(土)に交流会を開催します @ Level 2.5

9月辺りに交流会を開きますと公言していたにも関わらず、開催が遅れて申し訳ありません。秋の開催は少し遅くなってしまいますが、11月4日 (土) を予定しています。今年のカレンダは祝日の配置が悪いうえに、行くかどうかまだ分からない出張予定に重なってしまったりと...

何だか冬にずれこんで申し訳ありませんが、ぜひこの機会にご参加いただければ幸いです。

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■日時 :

2017年11月4日 (土)

12:00~15:00頃

※2次会もあるよ

 

■場所 :

東京の JR山手線沿線近辺

 

■会費:

3000円程度を予定していますが、人数によっては会場を借りるなどの費用がかかるために少し加算されるかも...

 

■参加希望の方は、下記のメールアドレスまでご連絡ください。

kuroneko049@gmail.com

※携帯やスマホのみをお使いの方は、gmail.comを受信許可リストに追加いただけると助かります。せっかくメールをいただいても、gmail.comの受付が拒否されている場合がたまにあり、連絡がつかないことがあります。

 

■参加申し込み期限

できれば10月20日頃までにお願いしたいのですが、それ以降になってしまっても問題ありません。体調眼調次第で参加可能、というゆるりとした参加表明も大歓迎です。

 

■ご注意

視力矯正手術後に何らかの後遺症・合併症を発症してしまった方を対象とした交流会です。新規参加の方の場合、会の方からメンバー登録や、関連の質問をさせていただく場合もありますが、ご了承いただけると助かります。

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...レーシックをしてからきっかり7年が過ぎた。8年目に突入。

波はかなりあるが、痛みはかなりコントロールできるようになった。頓服や目薬、あるいは長年の記録による推察で、ベッドでのたうち回るような痛み発作がおきる前に、何とかそれを予知して抑え込む術も取得できた。年月がたつことによって、身体がこの障がいに慣れ、近視が進んだ効果もあるだろう。

 

無くしたものは多い。

無くしたというよりも「こぼれ落ちていった」といった感じだ。

最初に無くなったのは、物欲だった。自分を若く奇麗に見せるための化粧品、洋服、靴、鞄や装飾品。それはこの痛みを楽にしてくれる?

次に無くなったのは、経済活動における向上心だった。会社で成功するために必要な政治力、管理職になるためのマネジメント知識、経済を動かす最先端のからくりや資産の運用の学習。その先に何が待っているの?

最後に無くなったのは、所属意識だった。日本という国に所属する自分、資本主義の根幹、対価に伴うサービス、この社会のシステム、心の親和性以外の理由で集まったグループ。それは信頼できる?

最後に残ったものは、好奇心だった。別の文化を体験したい、いろんな味を試したい、いろんな音楽を聴きたい、いろんな景色を "出来る限りで" 観たい、いろんな匂い、いろんな街の騒音、いろんな衣装や風。世界はここだけじゃない ーー TwitterFacebookやインターネットや家庭や会社や東京や関東や日本やアジアだけじゃない ーー まったく異なる価値観のある違う世界と、違う神様と空と、違うシステムがあるということをただ体験する。

私にとっては、それが最後の救いになった気がする。

 

旅。

 

私を最後に救ったのは、旅だった気がする。

肉体の旅も、心の旅も、味の旅も、音の旅も、匂いの旅も含めて。