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くろねこの涙

レーシック難民になってからの記録

肥溜めのなかから砂金をみつける旅 @ Level 4.2

手術から5年目

長い間更新ができず、また、たくさんのコメントに回答もできず申し訳ありませんでした。応援のコメント、同じく闘病している仲間からのコメント、本当にありがとうございます。出張が続き、その後、体調や眼調を崩したりと、なかなか仕事以外でパソコンを見る "眼の余裕" がありませんでした。

寒さのせいで、眼の表面・眼の奥の痛みともに悪化。冷気が当たると眼の表面がひりひりすることもあり、角膜神経痛のせいなのか、それとも別の原因もあるのか、絶えず涙が眼から溢れてきます。

「眼鏡を外す、テッシュで眼をおさえる、眼鏡を戻す、眼鏡を外す、テッシュでこぼれる涙をぬぐう、眼鏡を戻す、眼鏡のすきまから指で流れる涙を抑える...」という行為を永遠に永遠に繰り返す毎日。電車のなかで、本当にたまーに、同じようなことを繰り返しているおじいさんやおばあさんに出会うことがあり、思わず声をかけたくなってしまうくらいです。

レーシック後の後遺症を抱えてから、私は事実上「社会的ひきこもり」に近い状態が続いてしまいました。ひきこもりとは言っても、会社には行くし、病院には行くし、買い物にも行くし、ジムには通うし、適当に話はするし、会社の飲み会にも参加します。でも、心が引きこもっているのです。

同世代の仲間から、" 料理学校に通うから一緒に行かないか" とか、"ドライブに行こうよくろねこさんも免許あるんだし"とか、"スノーボードに初挑戦するから一緒に行こう"とか、"夜までカラオケに行こう"とか、誘われます。でも、私は喜んで「行くー」と言えないのです。

"体調はどうしよう。平日の夜に1日でも睡眠不足になると仕事にひびくし。7時間はちゃんと寝ないと眼の痛みが顕著に悪化するし、夜でかけてる場合じゃないな。料理学校って、蛍光灯が眩しいし、サングラスで調理するわけにもいかないし。免許は持っているけど、ドライブできるのは昼でも2時間が限界で、ハロー・グレア・スターバーストがひどくて夜の運転はもう難しいし。雪山なんてまっぴら、どんなに濃いサングラスをしても眼が真っ赤に腫れあがって痛みだすし。"

結局、「ごめんね用事があるから」という一言で、誘いを断り続け、そのうちに疎遠になる...といった状態が続きました。

飲み会などの場に参加しても、健康な人たちの健康な会話がだんだんと遠い世界の出来事のように感じ、どんどんその場から自分の心が幽体離脱みたいに離れていきます。「健康な人はいいよね、私はどれももうできないし」羨んではいけないと頭では理解しつつ、身体から離れた心だけが卑屈にその場を見下ろしています。レーシック後遺症の事をちゃんと説明すれば、みんな理解してくれることは分かります。ただ、その話をした後の...不治の病で入院している人のお見舞いに義理で来たときみたいな、その一瞬の "なんかこの場離れたいよね?" 的な空気が...怖いのです。

 

日本ではない別の国に住んでいた頃、「Into the wild(荒野へ)」という、実在の人物をもとにした小説が、地味にはやったことがありました。ヒッピー崩れの同僚にやたらと勧められ、「英語の勉強のために読んでみるかぁ」程度で読み始めたのですが...。その後、聖地巡礼(主人公の軌跡をたどる旅)にまで行ってしまった位に心に残る本でした。

話自体は、実在の若者の、社会への反抗から始まる放浪の旅。裕福な家庭に育ったものの、確かな愛情を受け取ることができなかった彼が、真の生きる目的を見つけるために、身分証もお金もすべてを捨てて社会のシステムから離れ、独りで旅に出ます。素敵な出会いもあります。最後に彼は、アラスカの大自然のなか、たった一人でひきこもるのですが、自然に打ち勝つことはできず最後は亡くなってしまいます。

その彼が、亡くなる前に最後にノートに残したとされる一節がこれ。

 

Happiness only real when shared.

(幸せは、誰かと共有して初めて現実となる)

 

私の旅はどんな終わり方をするのか。

何となくもう一度、あの本を読んでみたくなった一日でした。