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くろねこの涙

レーシック難民になってからの記録

沈没したまま、あれから4年が過ぎた @ Level 3.6

手術から5年目

まだ夏の日差しが照りつけたいた頃に旅立ち、しばらく異国で暮らしていた。広い大地が広がり太陽がふりそそぐ国。日本の自宅よりもはるかに暮らしやすいホテルで、チーズがたっぷりのったサラダとアイスクリームという、身体に良いんだか悪いんだか分からない夕食を食べたり、大きなソファに横になって遠くの方に置いてあるテレビを観たりした。空間が広いというだけで、眼の痛みがほんの少し楽になる。

日本で、レーシック被害者の第一陣が集団訴訟へ踏み出したことも、耳にした。

異国にて、レーシックを受けてから4年目の記念日が過ぎ去っていった。この4年で私が無くしたものはあまりにも大きすぎて、もうそれを想い出そうという行為自体が、とても危険なものに思えてくる。

海外に長く居住していると、沈没して、そのまま妖怪と化してしまった人に出会う。日本に馴染めなかったり日本から逃げてきて資金も仕事も無く海外に住みつく状態を「沈没」、日本を離れた時点の日本のファッションや考え方を身に着けたまま歳をとり、故郷を心から懐かしみながらも表面で強がっているうちに性格も容姿もひんまがってしまった状態を「妖怪化」と当時、現地の日本人居住者はその状態に名称をつけていた。

私も、このままここで沈没しちゃおうか?と、金髪や黒髪やブルネットやブルーの髪の人々がぼんやり座り込む、夕暮れの公園で妄想したりする。この4年はいったい何だったのだろうか?レーシックをする前に築き上げたすべてのモノ ーー 貯金だったり、少し大きなマンションだったり、車だったり、ちょっと贅沢する余裕だったり、将来をほんのりと思い描く希望だったり、明日読みたい本や観たい映画だったり、友人と久しぶりに会う時間だったり、おしゃれをする女子力だったり、誰かと会いたいという気持ちとか、数年後を思い描く夢みたいなもの、明日は今日と同じようにやってくるという無知な安心感、少し無理や我慢ができる身体、恋愛や家庭を持つことへの希望、痛みがない身体であるという健康 ーーそれよりも何よりも大事なこと、今自分が生きる社会の根幹を信じる気持ちと、人を愛したり信じたりする気持ち。これらを私はこの4年間で、一気に手放さざるを得なくなってしまった。

今あるのは、眼以外はとりあえず健康な身体と、まるで修行僧のような生活、そしてたった独りという永遠の孤独な解放感。悪くない、でも何かが微妙にずれて、妖怪化している自分。

「明日失明したとしても、迷惑をかけない状態でいなければ」、自分のどこかにそんな恐怖がひっそりと息をひそめていて、経験をしたことのない失明はどこまでも死に近く。そしてそれはいつしか、「いつ死んでも良いように」身辺整理を始めているような気持ちへとつながり、そして行動へとつながってしまった。今から誰かを信じたり愛したり、資本主義に疑問を持たずに生活できるようになるには、いったい何をどう努力すればいいんだろう?

...長い旅を終えて日本に帰国し、私を迎えてくれたのは台風と、ソファーもテレビもない棺桶みたいな自宅だった。ラジオをつけても、秋のドライブコースだとか年末コンサートとか湘南のレストランだとか、心底余計げっそりする話題しかなく、電源をOFFにして雨の音をただ聴くだけ。病に疲れた人専門のラジオ局とか作ってくれないかなぁ....そこは、しんみりする音楽と健康情報のみ (笑。